表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

1

『近い未来、地球は宇宙人に侵略されてしまうのです!』


 十九時。


 信吾(しんご)は食卓に座り、母親が揚げたから揚げを頬張りながらテレビを眺めていた。SF特集だとかなんとかで、うさんくさい髭を生やした中年が、画面越しにも分かるほどに唾を飛ばし、額の血管が浮き出るほど必死に喋り続けている。


 信吾は数分間、その様を見ていたが、結局、馬鹿馬鹿しいなと思いチャンネルを変えた。チャンネルを変えたことに気付いた母親が「見なくていいの?」と声をかけたが、信吾がSFにはまっていたのは少年時代の話だ。高校生となった今では、ユーマや宇宙なんかよりも、定期的にやって来るテストや可愛らしい女の子の方が気になる。


 から揚げから溢れ出る肉汁が口の中に残っている間に、白米を運ぶ。お笑い番組に変わったテレビを見ながら咀嚼していると、スマホが小さく音を鳴らした。


 LINEの通知。送り主は、幼馴染の古村川(こむらがわ)(さとる)だった。幼馴染三人で創ったグループの中に、メッセージを送ってきたようだ。


『おい、見てるか!? あのおっさん、中々見る目があるぜ。なんてったって、俺と同じ視点を持っていやがるんだからよ。やっぱり宇宙人は、地球侵略のために、着々と準備を進めているんだ!』


 信吾の口から、思わずため息が漏れる。自分はもう卒業してしまったが、悟はまだ、SFの世界の中にいる。小学生の頃、三人で山に登って、その辺に落ちていた木の枝を手に持ち空にかざした。世界を知らない子供が無邪気に遊んでいる光景は微笑ましくはあるが、信吾にとってその過去は、痛々しい。


 だが。悟は未だ、その痛々しい過去の中に捉われてしまっている。どうにかしてやれないものか。何度か言葉にして伝えたこともあったが、悟は聞く耳を持ってはくれなかった。


 また、ため息がこぼれる。LINEの通知音が鳴る。送り主は、盛澤(もりざわ)康太(こうた)。筋トレが趣味の、寡黙な奴だ。


『すまん、見ていない』

 

 一言だけ。実に康太らしい。だが、珍しく言葉の先が続く。


『だけどもし。本当に宇宙人が来たら――』


 信吾は苦笑いした。やったなこいつ。そう思いながらも、信吾は少年時代の山登りを思い出す。


 あの日。二十時過ぎ、親に黙って三人で山を登り、満天の星空に向けて宣戦布告をした。痛々しい過去であり、思い出。


 信吾は呆れながらも、スマホの画面をタップして文字を打ち込んだ。奇跡的に、三人が打ち込んだ言葉が同タイミングで画面に表示された。宇宙人に向けて放れていたあの言葉が、画面の中で、三人だけが通じる言葉として木霊する。


『『『侵略するなら、俺達からにしろ!』』』


               *

 翌朝。教室に着いて荷物の整理をしていた信吾は、警戒していた。昨夜のSF特集によってテンション爆上がりのあいつが、どこからか飛び出してくることが分かっていたからだ。突然現れることを予測しながら身構えていないと、心臓に悪い。過去に何度苦しんだことか。同じ轍はもう踏まない。出てきたら、問答無用で抱えて放り投げてやる。


「ふふふ。甘い、甘いな信吾。そんなに周りを警戒しても、俺様は見つからんぞ」


 声が聞こえて、信吾は慌てて周りを見回した。しかし、悟の姿はどこにも見えない。かたっ、と椅子が揺れる音が響いて、信吾は目を丸くした。音に反応して視線を落とした矢先、黒ひげの勢いで小柄な身体が飛び出してきた。悟は、信吾が登校する前からずっと、信吾の机の下で隠れ潜んでいたのだった。


 飛び出した悟に驚いて、信吾は縋るものなくそのまま転倒した。教室内に並べられた椅子や机に身体をぶつけなかったのが不幸中の幸いで、痛みを覚えたのは床に叩きつけられた臀部のみだった。


 悟は信吾の無様な姿を見て、けらけらと軽快に笑う。信吾はすぐさま飛び起きて、悟の頭を小突いた。打ち所が悪かったら大怪我をするところだ。悟には、そういった危機感が欠けている。もしも本当に信吾が怪我をしたら、真っ先に泣き出すのは驚かした本人だというのに。


「お前、今度という今度は許さんぞ!」

「まあまあ、そう怒ることないじゃないか。面白かったぞ」


 信吾はもう一度悟の頭を小突く。悟のかけていた眼鏡がずれた。小さな身体がぴょんぴょんと跳ねて、それはどうやら憤慨の意を示しているようだった。ずれた眼鏡を戻したようだったが、跳ねたせいでまた眼鏡がずれ落ちる。


「俺の頭に何かあったら、未来の科学にとって大きな損害だぞ! お前の尻に何か起きても、未来に影響はないだろ!」


 言っている意味がまるで分からなかったので、信吾は悟の言葉を無視してLINEを送った。送り先は盛澤康太。既読の文字がついて数秒後、廊下から馬が全速で走っているかのような激しい踏みしめる音が聞こえた。その音が止むと同時に、教室内に康太の姿が現れる。


「待たせた。戻るぞ、悟」


 筋骨隆々の康太は、悟の身体をひょいっと右手一本で持ち上げて肩に担いだ。じたばたと暴れる悟を意に介さず、廊下に出た康太は教室内へ向けて一度小さくお辞儀をした。姿が見えなくなっても、廊下から「離せ、大巨人~!」と叫ぶ声が聞こえる。信吾にとっては煩わしい一幕だったが、クラスメイトにとっては面白い出し物だったようで、くすくすと笑っている者が何人かいた。


「相変わらず悟は元気ね」


 椅子に腰を下ろした信吾に、鳴友(なるとも)美奈(みな)は声をかけた。産まれつきの少し赤みがかった髪が特徴的で、身体を鍛えている人特有の引き締まった身体をしている。幼い頃から空手を習っている美奈にとって、筋トレは日課となっていた。たまに、康太と筋トレ談義をしているところは、信吾も目にすることがある。


「あの元気を別に向けてくれたらいいんだけどな。やることなすこと、子供じみてて。それに、まだ宇宙人がどうとか言い続けてるし」


 美奈は信吾の横の席の椅子に腰を下ろして、信吾の側に寄った。信吾の身体が一瞬硬直したことに、美奈は気付きはしない。


「でも、あれで結構女子からは人気よ? 可愛いって。母性本能なのかな」

「知らん。どうでもいい」

「友達がモテるからって僻まないの」


 僻んでいるかいないか。その二択なら、僻んでいる。信吾も年頃なわけで、相応に異性から好かれたい欲はある。欲があるだけで現実がそれに沿わないとなると、やはり持たざる者は持っている者を恨みたくもなるものだ。


「あ、ちなみに康太も結構人気みたい。筋肉フェチな子にはたまらないだろうね、あの筋肉は。制服の上からでも筋肉が浮き出てるもん」


 更なる追い打ち。悟が人気なのは以前から知っていたが、まさか康太までも。確かに男らしいあの体型と彫の深い顔は、特定層にモテそうではある。


 じゃあ、自分は? そんなことを考えてしまいそうだったので、信吾は思考を止めて窓の外を眺めた。ぐいっ、といつの間にか掴まれた肩が後ろに引かれて、窓の方へ向いていた上半身が、教室内へと向けられる。態勢を崩した信吾の身体は、思わず目前の女子の身体に寄りかかってしまいそうだったが、足がつる勢いで何とか踏みとどまった。


「話してるのに、なんでそっち向くのよ。 あたしのこと、嫌いなわけ?」

「――あ、いや、別に」


 嫌いか、好きか。幼少期の美奈はまるで男子のようで、異性だという認識はまるでないと言っても過言ではなかった。だが、高校生にもなると、そうは言っていられない。女性として認識するだとか、そんなことを考える余地など、すっかりなくなってしまった。整った顔立ちに、潤った髪。時折漂ってくる甘い香りと、不意に触れた時の柔らかい肌。


 漏れ出る吐息は、変な想像を駆り立てさせる。


「何よ?」


 覗き込んでくる顔から視線を逸らし、信吾はスマホに目を落とした。どう振舞うのが正解かも分からないし、どうしたいのかも分からなかった。「まったくもう」そんな言葉が聞こえたが、一心不乱にスマホでアプリを開いたり閉じたりを繰り返す。椅子が、かたっ、と音を立てたのでそちらを無意識に見ると、美奈の細い足が目に入った。釘付けにならずに済んだのは、目に入った途端、その足が消えたからだった。


静香(しずか)からSOSの連絡が入ったから、行ってくる」


 そう言って、美奈は座っていた椅子を戻し、教室を出て行った。朝のHRが始まるまで、あと十二分ほどだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ