第9話 村襲撃
次の瞬間、夜の静寂が破られた。
村の奥から悲鳴が上がり、犬が吠え、戸口が次々と閉ざされていく。
「来たぞォッ!」
見張りの男が叫ぶ。
赤黒い霧が村を包み込み、息をするだけで胸が締めつけられる。
その中心に立つ黒騎士は剣を抜き放ち、無言で一歩踏み出した。
地面が震え、火の粉が舞う。
「黒騎士が……村に……!」
人々の顔が蒼白になる。
「下がれ!」
ヴェルダンが前へ躍り出て、槍を構えた。
「戦える奴は武器を持て! 逃げる者は子どもや女を守れ!」
その声が村に勇気を与えた。だが次の瞬間、不気味な笑い声が響いた。
「ふふ……可愛い。震えながらも必死に立ち上がるなんて」
霧の中から現れたのは、黒いとんがり帽子を被った小さな影。
赤いハイヒールを鳴らし、鳶色の瞳を輝かせる。
愛の魔女――グックルガム。
彼女が両手を広げると、霧が波紋のように広がった。
次の瞬間、村の人々が次々と膝をつき、泣き叫び始める。
「父さん……! やっと帰ってきてくれたのね……!」
「私を置いて行かないで……!」
誰もいない空へ向かって手を伸ばし、幻に囚われている。
「やめろ!」
僕は剣を抜き、魔女に叫んだ。
「村の人たちを離せ!」
「幸せを見せてあげてるだけよ」
グックルガムは無邪気に笑う。
「愛は甘い夢。目覚める必要なんてある?」
その言葉に怒りがこみ上げる。
だが飛び込もうとした僕の前に、黒騎士の剣が振り下ろされた。
「ッ……!」
剣を交わした瞬間、腕が痺れ、足元の石が砕けた。
重すぎる――ただの一撃で膝が沈む。
「エイル、下がれ!」
ヴェルダンが割って入り、槍で黒騎士を押し返す。
「こいつは俺が抑える! お前は魔女を止めろ!」
「分かった!」
僕は頷き、再び剣を構えた。
村の中央で、黒騎士と魔女が並び立つ。
片や圧倒的な暴力。片や人の心を壊す幻惑。
二つの恐怖が、容赦なく村を覆っていく。
――負ければ、全てを失う。
「母さん、リーセ……必ず守る!」
叫びと共に踏み込む。
村の運命を決する戦いが、今まさに始まった。




