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第8話 忍び寄る影

 その夜、村は不気味なほど静まり返っていた。

 いつもなら夜更けに鳴く鳥や虫の声が聞こえるはずなのに、今は一つもない。風さえも止んでいる。


 僕は見張り台に立ち、夜の森を見下ろしていた。

 胸のざわめきは消えない。父さんに教えられた狩りの勘が告げている――何かが近づいている、と。


「……嫌な匂いがする」

 隣で槍を握るヴェルダンが呟いた。

 僕は答えず、ただ目を凝らした。


 やがて、森の奥から赤黒い霧が滲み出してきた。

 それは風に流されることなく、じわじわと意志を持つかのように村へ近づいてくる。


(これは……大穴で感じた気配だ!)

 僕の右目が熱を帯び、視界の端が揺らいだ。


 霧の中から、重い足音が響いた。

 甲冑の擦れる音、土を割るような響き。

 黒い外套を纏い、仮面で顔を隠した巨躯が一歩、また一歩と姿を現す。


「……黒騎士……!」

 思わず声が漏れた。

 伝承や脅し文句でしか聞いたことのない存在が、現実となって立ちはだかっていた。


 ヴェルダンが槍を握り直す。

「本当に、来やがったな……」


 その時、乾いた靴音が霧の奥から響いた。

 かん、かん、と硬い石畳を叩くような音。

 やがて、小柄な影が現れた。


 黒いとんがり帽子に、子どものような背丈。

 鳶色の瞳が妖しく光り、赤いハイヒールが夜に不吉なリズムを刻んでいた。


「ふふ……」

 幼い少女の姿で、しかしその笑みは冷酷だった。

「なんて可愛い村……家族で寄り添って、眠っている。ああ、愛してしまいそう……だから壊したくなるのよ」


 愛の魔女――グックルガム。


 黒騎士の影と並び立つその姿は、恐怖を倍増させた。

 巨大な暴力と、人の心を弄ぶ幻惑。二つの脅威が同時に現れたのだ。


「エイル」

 ヴェルダンが低く言う。

「俺たちも……備えるしかない」


 僕は剣を抜いた。

 背後には母さんとリーセが眠る家。父さんが命を懸けて守ってきた村。


 黒騎士は剣を掲げ、魔女は無邪気に笑う。

 忍び寄る影は、ついに村の喉元へ牙を突き立てようとしていた。


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