第65話 黎明
夜が白み始めるころ、村は静かな息づかいに包まれていた。
窓辺から見える空は淡い橙と藍が溶け合い、遠い山並みに朝日の輪郭を描いていく。
僕は寝台を抜け出し、まだ冷たい土の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
家の外では、父ロドルフが鍬を肩に立っていた。
「早いな、エイル」
「父さんこそ」
目を合わせ、自然に笑みがこぼれる。
言葉よりも、その視線だけで互いの無事と誇りが伝わった。
畑へ向かう小道で、母と妹が朝露の草を踏んでいるのが見えた。
母は小さく手を振り、妹は眠たげな瞳で僕を見上げる。
ただその姿があるだけで、胸の奥が温かく満たされていく。
村の広場に出ると、ヴェルダンが井戸のそばで空を仰いでいた。
「やっぱり起きてたか」
「お前こそ」
赤い瞳が朝日に染まり、ほんの少し柔らかく見えた。
「これからどうする?」
彼の問いは、旅の終わりと始まりを同時に示している。
「まずはここで過ごす。家族と、みんなと」
そう答えながら、僕は胸の奥で静かに脈打つ双炎を感じた。
白も黒も、どちらも僕の一部。恐れることはない。
ヴェルダンが小さく笑い、拳を軽くぶつけてくる。
「俺も少し休むさ。けど、また呼ばれたら一緒に行く」
「もちろん。次があるなら、そのときも」
陽が昇りきると、村の家々から人々が現れた。
子どもたちの笑い声、畑へ向かう足音、朝のパンを焼く匂い。
そのどれもが、守りたかった世界の息づかいだった。
僕は村の丘に立ち、ゆっくりと両手を広げる。
白き炎が掌に灯り、黒炎がその輪郭をやさしく包む。
光と影がひとつに揺らめき、清らかな熱が風に溶けていく。
――これが僕だ。
戦いのためだけでなく、生きるための炎。
世界と共に歩み、恐れずに未来を選ぶための力。
朝陽が村を照らし、影が長く伸びる。
その光は僕たちの足元だけでなく、果てしない大地をも暖めていた。
ヴェルダンが隣に立ち、赤い瞳で同じ空を見上げる。
「行こう、エイル。これからの世界へ」
「うん、一緒に」
新しい一日が始まる。
白と黒がひとつに溶けた双炎が、胸の奥で穏やかに回り続けた。
(完)




