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第63話 古海の潮騒

 王都を出立して十日目。

 僕とヴェルダンは、東の海沿いに広がる断層地帯――古海へと足を踏み入れた。

 潮の香りに混じる、わずかに甘い鉄の匂い。

 海鳴りが絶え間なく響き、波が断崖に砕けて白い飛沫を散らしている。


 王都でレフが語った通り、この地にも魔王の“意識”が残滓を落としていた。

 海風に混ざる低い唸り声が、耳ではなく骨を震わせる。

 胸の奥で双炎が淡く脈動し、白き炎がゆるやかに燃えた。


「ここだな」

 ヴェルダンが赤い瞳を細め、崖下の洞窟を指す。

 波の合間から、淡く赤黒い光がわずかに漏れていた。


 足場の悪い断層を慎重に降りると、洞窟の奥に巨大な水鏡が広がっていた。

 黒い海水がわずかに波打ち、その中央に血のように赤い輪が浮かんでいる。

 耳を澄ませば、遠い記憶の残響――かつて戦で失われた無数の声が交じり合っていた。


 ――また来たか。

 あの時と同じ、形なき声が胸を打つ。

 だが、荒野で味わった恐怖はもうない。

 白と黒が調和する双炎が、確かな温もりで心を支えていた。


「終わらせよう」

「おう、今度こそ」

 ヴェルダンが拳を構え、僕は剣を握る。

 白き炎と黒炎がひとつに絡み合い、刃は虹色に輝いた。


 海面からゆらりと立ち上がった影は、もはや人の形ではなかった。

 海そのものが意識を持ったかのように、巨大な水の腕を伸ばしてくる。

 双炎を盾に組み替え、僕は衝撃を受け止め、ヴェルダンが拳で波を砕く。

 白と黒が織り成す光が、水面を切り裂き、赤い輪を照らした。


 ――汝が選ぶは破壊か、共生か。

 声が海鳴りと一体になり、世界全体が問いを投げかけてくる。

「共生だ」

 僕は迷わず答えた。

「これは奪うための戦いじゃない。僕は僕のまま、世界と歩むだけだ」


 双炎が一段と強く輝く。

 白の清さが黒を包み、黒の深さが白を支える。

 刃を矢のように研ぎ澄ませ、赤い輪の中心へ放つ。

 静かな光が走り、水鏡が一瞬で凪いだ。


 影は音もなく崩れ、海はただの蒼へと戻る。

 洞窟に差し込んだ朝日が水面を照らし、虹色の光が幾筋も揺らめいた。


「やった……これで、本当に終わった」

 ヴェルダンが肩で息をつき、微笑む。

「エイル、これからどうする?」


「まず、みんなのもとへ帰ろう。そして――世界を守る力を、恐れずに使い続ける」

 白き炎が胸の奥で穏やかに脈打つ。

 黒炎もまた、静かにその輪に寄り添っていた。


 僕は海へと視線を向けた。

 無限に広がる蒼が、今日だけはやけに優しく見えた。


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