第60話 決戦の鼓動
荒野を覆う空は、まだ夜明け前の色を湛えていた。
石の祭壇の裂け目は、僕とヴェルダンが放った一撃によって狭まったまま、かすかな脈動だけを続けている。
しかし、その奥から伝わる気配は衰えていない。
むしろ、今は静かに力を溜めている――そんな圧迫感が胸を締めつけた。
双炎は僕の内側で、白と黒がひとつの円を描くように回り続けている。
その静かな熱が、恐怖をも焦燥をも溶かし、代わりに研ぎ澄まされた覚悟だけを残した。
「エイル」
ヴェルダンが短く名を呼ぶ。赤い瞳が、薄闇の中でも力強く輝いている。
「次で決める」
「うん。これで終わらせよう」
裂け目の奥から、再び声が響いた。
――面白い。だが、終わりはお前が決めるものではない。
耳ではなく、骨の内側を揺さぶるような低い響き。
それは、かつて僕が見た人々の憎悪や悲嘆をすべて束ねたような、底知れぬ重さを持っていた。
大地が震え、祭壇を囲む砂が渦を巻く。
その中心から、形を持たぬ闇が再び立ち上がった。
今度は人の輪郭ではない。
獣のような角と、空に溶ける無数の腕を持つ異形の影。
その全身から、赤黒い稲光が放たれた。
「ヴェルダン、来る!」
「任せろ!」
僕は双炎を盾に組み替え、ヴェルダンは拳を固めて前へ出た。
稲光が空を裂き、地面を焦がす。
ヴェルダンの拳が影の腕を打ち砕く。
影はすぐに形を変え、無数の触手となって僕らを囲んだ。
「エイル、後ろ!」
「わかってる!」
双炎の円を広げ、白の清さで影を裂き、黒の重みで押し潰す。
触手が次々に弾け、祭壇の裂け目から吹き出した光が揺らいだ。
その時、心の奥に再び声が囁く。
――お前は我だ。拒み続ければ、終わりはない。
白き炎が応える。
――僕は僕だ。誰のものにもならない。
双炎が一段と強く輝いた。
白と黒が渾然一体となり、刃は虹色の光を帯びる。
その光は周囲の闇を焼き、影の腕を一瞬で消し去った。
「今だ!」
ヴェルダンが叫ぶ。
僕は裂け目の中心を狙い、双炎を矢の形に研ぎ澄ます。
刹那、世界の音が消えた。
心臓の鼓動だけが、全身を駆け巡る。
「――終わらせる!」
放った矢はまばゆい光を引き、闇を貫いた。
裂け目が悲鳴のような轟音を上げ、赤黒い光が四散する。
祭壇全体が揺れ、地面が崩れ落ちるほどの震動が走った。
影は断末魔の叫びを上げ、粉々に砕け散った。
空を覆っていた雲が裂け、初めて朝の光が差し込む。
荒野を照らすその光は、どこまでも澄んでいた。
やがて、裂け目は完全に閉じ、祭壇はただの灰色の石に戻った。
風が静まり、僕の胸の双炎も穏やかな輪を描いている。
白も黒も、どちらも僕の力。
その均衡が、世界を守る力になるのだと確信した。
ヴェルダンが拳を下ろし、肩で息をつきながら笑った。
「やったな、エイル」
「うん。終わった……」
白い光が荒野を包み、長く続いた戦いの幕が静かに下りていった。




