第59話 双炎の目覚め
裂け目はなおも広がり、赤黒い脈動が荒野の空気を震わせていた。
祭壇の周囲を埋める影は数を増し、僕とヴェルダンの足場を削るように迫ってくる。
白き炎を刃に細く纏わせ、僕は呼吸を整えた。
黒炎が胸の底でざわめく。近すぎる。だが――使い方を選べば、恐れる必要はない。
「左、任せろ!」
ヴェルダンが低く吠え、赤い瞳の光を強めて影の列へ突っ込む。
拳が闇を砕き、飛沫のような黒霧が砂に散った。
その一瞬でできた隙を縫い、僕は祭壇正面へ躍り出る。
裂け目の奥で、形なき“目”が僕を見た。
皮膚に触れるような冷たさが、言葉にならない声を運んでくる。
――混ぜよ。白と黒はもとより一。拒むは、分かつ錯覚。
喉が渇く。
黒炎が一歩、白き炎へ滲み寄る。
(違う、飲まれるな。けれど、切り離すだけでもない)
僕は両の手を胸元で重ね、白き炎をさらに研ぎ澄ませた。
澄み切った熱が、黒炎の縁をやさしく囲い込む。
「エイル!」
ヴェルダンが背中合わせに立ち、肩越しに叫ぶ。
「持つか!」
「持たせる。――今から、僕は“二つを一つにする”」
影が重なり、波のように押し寄せる。
僕は一歩も退かず、剣先を静かに落とした。
白き炎の輪郭がほどけ、黒炎の深さへ沈んでいく。
熱と冷が掴み合い、心の内側で火花が散った。
次の瞬間、胸奥に“芯”が生まれる感覚があった。
黒の衝動を白が抱き留め、白の規律を黒が押し広げる。
ぶつかり合いではなく、噛み合う結節。
それは、ただ燃やすだけでも、ただ呑み込むだけでもない――進むための力。
剣を上げる。
刃に纏う炎は、白でも黒でもない、境界のきらめきを宿した。
熱は清らかで、同時に底知れず重い。
影が三体、同時に跳ねた。
「――裂き通れ」
ひと薙ぎ。
音はなく、世界が一拍遅れてついてくる。
影の軌跡に細い線が走り、真ん中から静かに割れて消えた。
祭壇の脈動が揺らぎ、裂け目の光が一段低く沈む。
「今の……!」
ヴェルダンが息を呑む。
「双炎――だと思う。僕の中の二つが、ひとつの刃になった」
「なら、突き進め!」
僕らは肩を並べ、祭壇の台座へ駆け上がる。
足元から触手めいた影が伸びるが、ヴェルダンの踵がそれを叩き潰す。
僕は双炎を細い針に変え、裂け目の縁へ打ち込んだ。
赤黒い光が悲鳴のように震え、縁の紋様がほどけていく。
形なき“目”が、露骨な敵意を帯びる。
――奪うか。我が道を。
砂が浮き、重力がねじれた。
地面ごと身体が後ろへ引き剝がされる感覚に、僕は歯を食いしばる。
双炎の芯を保ち、足裏の一点に力を集める。
「エイル、持っていかれるな!」
「大丈夫――僕はここにいる!」
叫びと同時に、双炎を円環へ変える。
僕とヴェルダンを中心に、薄い環が瞬き、引きずる力を外へ流した。
荒野の風が一度止み、次いで強く吹き返す。
裂け目の底から、別の影が起き上がる。
獣にも人にも似ない、角度の狂った肢体――“意識”がこの世界の形を真似たのだ。
それが僕らへ向け、幾筋もの赤い光を走らせる。
空間が熱を帯び、視界が歪む。
双炎を盾に組み替え、正面で受ける。
触れた瞬間、白の清さが毒を薄め、黒の重さが衝撃を沈めた。
弾かれた光が頭上を掠め、断崖の表皮を溶かしていく。
(押し返せる! なら――)
僕は盾の縁を捻り、流れを反転させる。
返す刀で、光の源へ細い一撃。
“意識の肢体”に亀裂が走り、赤い瞳の群れが一斉に明滅した。
ヴェルダンがそこへ拳を叩き込み、亀裂を大きく拡げる。
「今なら、届く!」
「うん、終わらせる!」
裂け目の中心に、微かな核の鼓動。
僕は息を止め、双炎を一本の矢に研ぎ澄ました。
白の軌跡に黒の重みが重なる。
放つ。
矢は空気を鳴らさず走り、心臓めがけて吸い込まれた。
刹那、荒野全体が白く閃光し、次いで深く沈む。
耳鳴りの谷底で、何かが確かに崩れる手応え――
光が収まると、裂け目はひと呼吸ぶんだけ狭まっていた。
形なき“目”はまだ在る。だが、先ほどほどの圧はない。
僕の胸で双炎が静かに回り、均衡を保っている。
白も黒も、僕の内に在り、僕の意思がその向きを決める。
影の補充が鈍った隙に、ヴェルダンが僕の肩を叩く。
「行ける。今の調子で、核をもう一段削る」
「うん――次で膝をつかせる」
風が砂を巻き上げ、空の雲が低く唸った。
祭壇の古い文字が淡く反転し、どこか遠くと回線を結び直す気配がある。
形なき“意識”は、こちらの一手を学び、次を用意している。
けれど恐れはない。双炎の芯が、僕の中心で確かに燃えている。
「ヴェルダン、もう一押しだ」
「任せろ。背中は俺が守る」
僕たちは再び前へ出た。
荒野の鼓動が速まる。
次の一撃で、裂け目の向こう側へ届かせる――そう決めて。




