第58話 裂け目の声
赤黒い光が荒野を染め、石の祭壇は脈打つ心臓のように鼓動していた。
足元の裂け目からは、影が絶え間なく湧き上がり、空気は焦げた鉄の匂いで満たされていく。
白き炎を刃に纏わせた僕は、次々に迫る影を切り裂いた。
燃え残る黒い霧が耳元でささやく。
――帰れ、ここはお前の場所ではない。
心臓の奥で黒炎が揺れ、言葉を理解したがっている。
白き炎が応えるように輝きを増し、影を押し返す。
「エイル、集中しろ!」
ヴェルダンの声が背後から響く。
赤い瞳が鮮烈に光り、影を拳で砕いていく。
祭壇の裂け目がさらに開き、地面全体がうねる。
中から冷たい風が吹き出し、僕の髪を乱した。
その風が、言葉を持つかのように耳を打つ。
――お前は炎、我も炎。拒む理由はない。
全身を震わせる低い響き。
気づけば、黒炎が胸の奥で膨らみ、白き炎に絡みつこうとしていた。
「……僕は、お前とは違う」
僕は唇をかみしめ、刃に力を込める。
白き炎が一瞬、眩い閃光を放った。
その光に影たちが怯み、祭壇の裂け目もわずかに縮む。
だが次の瞬間、裂け目から人の形をした何かが現れた。
輪郭は霧のように曖昧だが、瞳だけが深い闇をたたえている。
「……人?」
「違う。意識そのものだ」
ヴェルダンが低く言った。
その“存在”は、音もなく地面に立った。
黒と赤の光が交互に脈動し、周囲の空気を歪ませる。
口はないはずなのに、声が頭の奥に響く。
――我は形を持たぬ。だが今、お前に触れる。
不意に視界が暗転した。
砂と空が遠のき、無数の記憶が流れ込む。
誰かの怒り、誰かの恐怖、戦争の叫び、失われた命。
人間の絶望と憎悪が渦を巻き、黒炎が強くうねった。
「エイル!」ヴェルダンの声が遠い。
僕は自分の心の奥に白き炎を呼び覚ます。
その光は静かで温かく、溢れる闇をゆっくりと照らした。
「僕は僕だ。お前にはならない」
白き炎が一気に広がり、暗闇を押し返す。
視界が戻ったとき、黒い意識体は祭壇の前で一歩退いていた。
闇の瞳に、微かに興味の色が宿る。
――面白い。ならば試練を与えよう。
裂け目が轟音を立てて広がり、周囲の地面が崩れ始める。
赤黒い光が荒野を覆い、影が再び押し寄せてくる。
「来るぞ!」
ヴェルダンが拳を構え、赤い瞳を燃やした。
僕は剣を握り直し、白き炎をさらに輝かせた。
祭壇の奥から、さらに巨大な影が姿を現す。
その形は獣にも人にも似ず、まるで世界そのものがゆがんだようだった。
胸の奥で白と黒の炎が激しくぶつかり合う。
――ここで終わらせる。
僕とヴェルダンは同時に踏み出し、赤黒い光の中へ飛び込んだ。




