第56話 荒野の集落
エルム荒野の縁に、小さな集落があった。
王都を出て三日目の夕暮れ、僕とヴェルダンはその集落の灯火を目にした。
乾いた風が砂を運び、橙色の光を霞ませている。
遠くからでも、どこか緊張を帯びた気配が伝わってきた。
門と呼ぶには粗末な木柵の前で、二人の見張りが槍を構えていた。
「止まれ。名を名乗れ」
若い男の声だが、その瞳には疲れと警戒が浮かんでいる。
「僕はエイル、こちらはヴェルダン。王都から北へ向かう旅の者です」
「旅の者……? 今は誰も通したくない時期だ」
ヴェルダンが一歩前に出て、赤い瞳で男をまっすぐ見た。
「宿が欲しいだけだ。危害を加える気はない」
男はしばらく迷った末、肩の槍を下ろした。
「長老に会ってくれ。ここを通るなら事情を知ってもらう必要がある」
案内された広場では、老人が焚き火のそばに腰を下ろしていた。
白髪をひとつに束ね、深い皺を刻んだ顔が火に照らされている。
「王都から来たと言ったな」
「はい。魔王の影を追っています」
老人は目を細め、ゆっくりとうなずいた。
焚き火が弾ける音の中、老人は重い声で語り始めた。
数日前から家畜が次々と姿を消し、夜になると赤い光が荒野を漂うという。
近くの井戸からは黒い水が湧き、触れた者が高熱を出した。
「我らは外に出るのを禁じているが、あの赤い光は日に日に近づいておる」
老人の言葉に、僕の胸の奥で白き炎が脈打った。
「その光、どの方角から現れますか」
「北だ。古い石の祭壇のあたり」
ヴェルダンが赤い瞳を細める。
「そこに“意識”の源があるかもしれない」
「行くつもりか」老人が低く問う。
「はい。僕たちが確かめます」
集落の人々がざわめき、恐れと期待が入り混じった視線が集まる。
老人はしばし黙し、やがて深くうなずいた。
「ならばこれを持っていけ」
差し出されたのは、古い銀の護符。中央には淡い青の石が埋め込まれている。
「この地に伝わる守りの印だ。闇を拒む力がある」
「ありがとうございます。必ず役立てます」
夜空には雲が垂れこめ、星は一つも見えない。
遠くで赤い光が淡く瞬き、荒野を照らしていた。
その揺らぎが、確かに僕らを誘っている。
白き炎が胸の奥で強く脈打ち、黒炎が低く唸った。
「明朝、祭壇へ向かおう」
「わかった。準備しておく」
焚き火の火花が夜風に舞い、黒い空に小さな光を描いた。
その光は、明日への道を指し示す灯のように見えた。




