第55話 荒野への道
王都を出て二日目。
僕とヴェルダンは、ゆるやかに起伏する草原を北へと進んでいた。
朝は澄んだ青空が広がっていたが、昼を過ぎるころには雲が厚く重なり、遠くの地平を灰色に染めている。
エルム荒野へ向かう街道は、どこか息をひそめたような静けさを帯びていた。
足下には、人の足跡と獣の爪痕が入り混じっている。
近くの村から聞いた話では、この道を行く商隊は最近めっきり減ったという。
「魔王の影が広がってるから……だろうな」
ヴェルダンが赤い瞳を細め、灰色の空を仰ぐ。
「雲の動き、普通じゃない。まるで何かに誘われてるみたいだ」
「うん。胸の奥で白き炎がざわついてる。近づいてる証拠かも」
風が強くなり、乾いた草がざわめいた。
遠くに黒い影が見える。最初は岩かと思ったが、動いている。
僕は足を止め、剣の柄に手をかける。
「……何かいる」
ヴェルダンもすぐに構えを取った。
影は二つ、三つと数を増やしながら近づいてくる。
やがて、風を裂くような甲高い鳴き声が響いた。
荒野の獣――かつて人が家畜として飼っていたはずの四足獣。
しかしその瞳は血のように赤く、口からは黒い靄が漏れている。
「魔王に触れた……?」
「やっぱりな」
ヴェルダンが低く呟く。
獣たちはためらいなく突進してきた。
僕は白き炎を刃に纏わせ、最前の一体に切りかかる。
炎が黒い靄を焼き、獣は悲鳴を上げて倒れた。
だが残りの二体が素早く背後を取ろうと回り込む。
「右は俺が!」
ヴェルダンが拳を打ち出し、風圧で一体を吹き飛ばす。
もう一体が僕へ牙を剥いたが、白き炎を一閃、斬撃が闇を裂いた。
数息ののち、荒野に再び風の音だけが戻る。
倒れた獣の体は、黒い霧を吐きながら崩れていった。
「やっぱり魔王の影響だ。普通の獣じゃない」
僕は炎を鎮め、荒い息を吐く。
ヴェルダンは拳を軽く振り、赤い瞳を細めた。
「ここから先、もっと増えるかもな」
「覚悟はしてる」
空を覆う雲がさらに濃くなり、日差しを完全に隠した。
荒野の奥で、何かが微かに呼吸している――そんな感覚が背筋を冷やす。
白き炎が胸の奥で脈打ち、黒炎が静かに揺れた。
世界に広がる“意識”が、確実にこちらを見つめている。
僕は剣の柄を握り直し、ヴェルダンと視線を交わした。
「進もう。ここで立ち止まったら、もっと危険だ」
「分かってる。行こう」
風が草を波のように揺らし、遠い地平線の先に淡い光が見えた。
エルム荒野――魔王の意識が最初に触れた場所。
そこへ向かって、僕たちは足を速めた。




