第54話 旅立ちの朝
東の空が淡く白み始め、王都の屋根に朝の光が差し込む。
儀式井戸の戦いから一夜。王城の高塔から見下ろす街は、静けさと再生の気配を帯びていた。
昨日まで恐怖に閉ざされていた通りには、人々が瓦礫を片づけ、互いに笑顔を交わす姿がある。
――守りきった。けれど、まだ道のりは終わっていない。
城門前の広場で、ヴェルダンが深呼吸をした。
赤い瞳に朝日を受けながら、彼は少し肩を回す。
「ようやく出発だな。長かった王都暮らしもこれで終わりか」
「うん。でも次は、もっと長い旅になりそうだ」
僕は胸の奥で白き炎を灯し、黒炎のかすかなざわめきを押さえ込む。
背後から軽い足音。
「お二人とも」
振り返ると、青い外套を羽織ったレフとセリアが現れた。
レフは柔らかな笑みを浮かべ、灰色の瞳で僕らを見つめる。
「王都はあなたたちに救われた。王も深く感謝している。これから向かう地は、北の大地“エルム荒野”だ。魔王の意識が最初に触れた痕跡がある」
セリアが頷き、淡い青の瞳を輝かせる。
「世界のあちこちで同じ脈動が感じられます。王都を救ったあなたたちだからこそ、その気配を追えるはずです」
ヴェルダンが少しだけ口角を上げた。
「旅の始まりには上等な餞別だな」
「頼もしい護衛もある。きっと無事に戻るさ」
レフは短く笑みを見せ、僕の肩に手を置いた。
「エイル、君の炎はまだ成長する。白き炎と黒炎、どちらも恐れず、自分のものにしてくれ」
その言葉に、胸の奥で二つの炎が微かに響き合うのを感じる。
「必ず、力を正しく使います」
セリアが小さく礼をした。
「どうかご無事で。そして世界の真実を、私たちに伝えてください」
「約束します」
城門が開き、朝日が一面を黄金に染める。
僕とヴェルダンは並んで外へ一歩を踏み出した。
石畳の向こうに続く大地は、まだ薄い霧に覆われている。
白き炎が胸の奥で静かに揺れ、黒炎が遠くで囁く。
――どちらも僕自身。恐れず抱えて、前へ進むだけだ。
ヴェルダンが肩越しに笑う。
「さあ、世界を見に行こう」
「うん。一緒に」
僕たちの影が朝の光に長く伸び、王都の門が静かに背後で閉じた。
その音は、過ぎ去った戦いの終わりと、新たな冒険の始まりを告げる鐘のように響いた。




