第53話 静まり返る王都
儀式井戸から戻ったとき、王城は薄明の光に包まれていた。
地上の空気は驚くほど澄み、夜の戦いが幻だったかのように感じる。
しかし、胸の奥では白き炎がまだかすかに燃え、黒炎が遠くでざわめいていた。
――これは終わりではない。ただの静寂だ。
大広間では、王が再び帷の奥から姿を現さぬまま、朝議の続きが開かれていた。
セリアは淡い青の衣を整え、僕らの前に立つ。
「導管の核は破壊された。王都への侵食は止まったはずです」
その声には確信があったが、議員たちの顔にはなお緊張が残っている。
レフが机上に最新の記録を広げる。
「水脈の拍動は完全に沈静化した。計測術式も異常なし。しかし――昨夜、我々が感じた“意識の声”は消えていない。これは単なる侵入ではなく、外から届く意思そのものだ」
室内にざわめきが走る。
ヴェルダンが赤い瞳で議員たちを見渡し、静かに告げた。
「俺たちは、あの声を確かに聞いた。核を壊した瞬間、別のどこかから見られていた」
「血の大樹でも、黒い雲でもなく、意識そのものが世界に触れている」
僕も言葉を重ねる。
「次は、形のない“それ”が直接この世界に現れるかもしれません」
議員の一人が蒼白な顔で立ち上がる。
「形を持たぬ存在を、どう防ぐというのだ」
セリアは一歩前に出て、落ち着いた声で答えた。
「恐れることはありません。私たちはすでに侵入の経路を断った。重要なのは、世界全体で備えること――魔王が意識体として現れる前に」
帷の奥から再び、王の低い声が響いた。
「王都を守り、民を守るため、禁光庁とこの二人に全権を与える。――国中に警鐘を鳴らせ。世界と連携せよ」
重々しいその声に、広間の空気が一変した。
レフが深く頭を下げる。
「謹んで拝命いたします」
朝議が終わると、セリアが僕たちに向き直った。
「次は王都だけの戦いではない。外の世界に潜む同じ“意識”を探し、断つ必要があります」
ヴェルダンが短く息を吐いた。
「旅は続くってことか」
「ええ」セリアは力強くうなずいた。
「王都は私たちが守ります。あなたたちは、この意識が触れようとする場所を探しに行ってください」
王都の外に広がる世界――そこに何が待つのか、誰にも分からない。
でも、僕の心は揺らがなかった。
白き炎が静かに、しかし確かな熱を宿している。
「行こう、ヴェルダン」
「おう。世界を見てみたくなった」
赤い瞳が朝日の光を受け、鮮やかに輝く。
城門を出ると、町はゆっくりと動き出していた。
昨夜の恐怖をまだ引きずりながらも、人々は互いに声を掛け合い、瓦礫を片づけ、祈りを捧げている。
その光景が、僕の胸を温めた。
――守るべきものがここにある。だから僕は、何度でも剣を取る。
背後で王都の鐘が高らかに鳴った。
それは、新たな旅立ちを告げる鐘のように、晴れ渡る空へ響き渡った。




