第51話 朝議の鐘
王宮の東翼で一夜を明かした。
薄明が白く広がるころ、セリアが戻ってきて小声で告げる。
「朝議は第一会議室。王は帷の奥から臨席される。――始まったら、あなたたちは私の背後に」
僕は頷き、ヴェルダンは赤い瞳で廊を一度見渡した。
「近衛の巡回が増えている。視線が刺さるな」
「証を恐れているんだよ」
胸の奥で白き炎が小さく灯り、黒炎のざわつきを押し返す。
会議室は高い天井と長い楕円の卓。壁のタペストリーは夜露のように冷たく、部屋の奥には薄い帷が垂れ、王の影がゆらいでいた。
宰相代理レフは既に席についており、対面には近衛長ハルデンが鎧の音を控えめに鳴らして立っている。鋭い鷹のような目つき。
「書記長、議題を」
セリアが一礼し、革袋を卓へ置いた。
「王都の治安、ならびに異形の侵入について、禁光庁と外部協力者が得た証を提出します」
室内の空気がわずかに軋む。
僕は合図で一歩進み、導水路から採った黒い繊維と、東区で回収した鎧の内張りを硝子皿に広げた。
セリアが続ける。
「これは“繭の種”の導管断片。そして近衛の装いをした侵入者の内部繊維。組成は鐘楼で発見された繭と一致」
ざわめく議員たち。ハルデンは動かず、ただ薄く笑んだ。
「外の童の言葉で会議を左右するのか?」
レフが静かに返す。
「事実であれば童でも関係ない。問題は“導管”がどこへ繋がるかだ」
セリアが地図を広げ、青い線を指で辿る。
「王城心臓部の給水路から各区へ――昨夜、一系統を遮断しました。流れは改善しています」
「ならば別系統が残る」ハルデンの声は低い。「だが“侵入者”が近衛に化けたという言は、近衛への侮辱でもある」
「侮辱ではなく警告です」
僕がはっきりと言った。
「僕らは東区で“近衛”と名乗る者と剣を交えました。中身は人ではなかった」
短い沈黙ののち、ハルデンが片手を上げた。
「ならば今ここで潔白を証明しよう。――近衛三名、前へ」
扉が開き、鎧の兵が三人入ってくる。磨かれた装甲、揃った動作。
「禁光庁式の祈祷縄を」
セリアが眉を寄せる間もなく、レフが白縄を差し出した。兵は順に手を置く。
――反応は、ない。
(違う……昨夜の“それ”と匂いが違う)
僕の掌に冷汗が滲む。白き炎がわずかに揺れ、黒炎の囁きが耳の奥をかすめた。
「祈祷に反応なし。――これで十分か、外の童よ」
ハルデンの声が強まった瞬間、室内の水差しがカタンと震えた。
次の瞬間、水面の下から細い黒い糸がのぞき、花のように開いた。
(導管! ここにも——)
「下がって!」
僕は剣を抜き、白き炎を走らせる。炎が水差しを焼き、黒い糸は焦げて縮んだ。
同時に、壁のタペストリーの裏から蔦が伸び、議員席を絡め取ろうと跳ねる。
ヴェルダンが飛び込み、拳で叩き折った。赤い瞳が燃え、砕けた根が床に散る。
「これが――証です!」
セリアの声が室内に響く。
「導管は祈祷を迂回し、器を選ばずに侵入する。警備の形式を利用して」
レフが冷静に追い打ちをかける。
「水脈経由の“起動”だ。今がその時刻だったのだろう」
議員の一人が蒼白になり立ち上がる。
「誰が、こんな仕込みを――」
その問いに、ハルデンがわずかに口角を上げた。
「外ではなく、内を見よ。導水の鍵を所持できるのは限られよう?」
室内の視線が一斉に揺らぎ、互いを疑う色が走る。
(分断する気だ……!)
僕は一歩前に出る。
「互いを責めても始まらない。いま必要なのは、導管の“核”を断つことです。王城の中枢にまだ残っているはず」
セリアが即座に頷いた。
「内回廊の下、儀式井戸。古い図面では水の合流点――」
言いかけたセリアの足元で、石畳がパキンと割れた。
細い根が蜘蛛の脚のように伸び、セリアの足首を絡め取る。
「セリア!」
僕は反射的に剣を振り下ろし、白き炎で根を焼いた。
煙の向こうで、ハルデンがほんのわずか目を細める。
「“導管”を断てと叫ぶその口で、火を王城に放つか。――やはり外の童は危うい」
ヴェルダンが鋭く言い返す。
「危ういのは、王都を飲み込もうとしているものだ。目を逸らさせるな」
帷の奥で、咳がした。
長く乾いた咳。室内が静まり、誰もが帷へ目を向ける。
セリアが半歩進み、両手を胸の前で重ねた。
「陛下。――ご臨席の中、無礼をお許しください。王都は水脈から侵されつつあります。対処の許可を」
沈黙。やがて、帷の中からかすかな声。
「……許す。守れ……都を」
その一言で、室内の空気が一気に動いた。レフが短く命じる。
「禁光庁は儀式井戸へ。近衛は二手に分かれ、内回廊の封鎖と住民避難の警鐘を――」
「待て」
ハルデンの声が低く落ちた。
「“近衛は二手に分かれ”だと? 命令の出所は確認した。近衛は王命のもと、外の者の同行を拒む」
「拒む?」セリアの瞳が冷たく光る。
「王命は“守れ”。――誰が守るべきかは、今ここで決まった」
レフが一拍だけ黙り、そして静かに宣言した。
「禁光庁は王命の補佐機関だ。書記長の承認のもと、私的防衛権を行使する。エイル、ヴェルダン――行くぞ」
僕は頷き、扉へ向き直る。
その瞬間、外の回廊から鐘の音が鳴り渡った。
一度、二度、三度――王都全域への警鐘。
足元の石の隙間から、再び細い黒い糸がのぞく。
(始まった。導管の“核”が起動している!)
ヴェルダンが拳を握り、赤い瞳を燃やす。
「遅れれば、街が呑まれる」
「必ず断つ」
白き炎が胸の奥で明るさを増し、黒炎の囁きが後ろへ退いた。
扉が開く。
冷たい石の匂いと、警鐘の余韻が流れ込む。
僕たちは一気に駆け出した。
儀式井戸――王都の心臓へ。




