第50話 第三の耳
夜明けの光が王都の屋根を薄く染め始めていた。
禁光庁の地下通路を抜け、僕たちはようやく外気に触れる。
冷たい朝風が火照った肌を撫でたが、胸の奥の白き炎はまだ鎮まらない。
「エイル、これからどう動く?」
ヴェルダンが赤い瞳で僕を見た。
「レフが言ってた“第三の耳”……その人に証を届ける」
レフが背後から歩み寄り、灰色の瞳を細める。
「王城内で唯一、現王と禁光庁の双方に意見できる人物だ。
名はセリア=リューヴァ。王家の遠縁にして議会の書記長。
だが、彼女に会うには王宮の内回廊を通らねばならない」
ゾルドが苦笑しながら袖の傷を押さえる。
「城門は今、近衛が厳戒態勢だ。正面突破は自殺行為だぞ」
「そこで俺の出番だ」
ミルが地図を広げ、細い通路を指さした。
「王城の古い排水路。工事中に一度だけ見た。今は封鎖されてるが、清掃用の鉄格子が残っている」
レフは短く頷く。
「ミルとゾルドは禁光庁の記録を安全な場所へ。私とエイル、ヴェルダンが排水路を通って王城に入る」
「了解」ゾルドがにやりと笑った。「派手な陽動は任せろ」
***
王都の中心へ向かう途中、まだ夜の名残を引く薄暗い路地で、
レフは歩を緩めて僕にだけ聞こえる声で囁いた。
「エイル、君の炎は今夜、さらに強くなる。黒炎も同じだ。
もし君が自分を見失ったら……王都が守られても、君自身が戻れなくなる」
僕は胸の奥で揺らめく二つの炎を感じながら、静かに答えた。
「分かっています。だからこそ、僕は白き炎を信じます」
レフは短く目を閉じ、薄く笑った。
城壁の影に隠された古い排水口は、想像以上に狭かった。
苔むした石壁の隙間から冷水が滴り、湿った空気が肌を刺す。
「ここから先は声を出すな」
レフが小さく指示を出す。
僕たちは膝を折り、ひたすら狭い通路を進む。
水音だけが響き、時折、小動物が走る気配がする。
(この静寂……嫌な気配はない。でも油断はできない)
やがて通路は緩やかに上り、古びた鉄格子が現れた。
レフが鍵型の魔具をかざすと、錆びた音を立てて静かに開く。
そこから先は、王城の裏庭に面した細い石畳――
すでに夜は明け、空は淡い橙に染まっていた。
「ここからが本番だ」
レフは王宮の塔を見上げ、灰色の瞳を細めた。
「セリア書記長は朝議が始まる前、東翼の私室で文書を整理しているはず。
近衛の巡回は少ないが、見つかれば即座に拘束される」
ヴェルダンが赤い瞳を光らせ、周囲を確認する。
「エイル、俺が先行する。何かあったら合図する」
「分かった。僕はレフと一緒に」
低い庭木の影を縫うように進み、東翼の裏口へ。
レフが小さくノックすると、扉がわずかに開き、
白銀の髪をまとめた女性が現れた。
深い青の瞳――その一瞬で、この人が“第三の耳”だと分かった。
「レフ。危険な時間に来たわね」
「承知の上だ。だが今すぐ、これを見てほしい」
レフが革袋を差し出す。中には、黒い繊維と導水路の記録が入っている。
セリアは袋を受け取り、中身を素早く確認した。
その瞳が驚愕と怒りに震える。
「近衛が……これを?」
「はい」僕は一歩踏み出す。
「昨夜、東区で近衛を装った魔の者と戦いました。
その証です。王都の水脈に“導管”を仕込んでいました」
セリアはしばし沈黙し、やがて真っすぐ僕を見た。
「あなたたちが持ち込んだ証なら、無視できません。
私が王へ直接伝えます。だが、これを止めようとする者も必ず現れる」
レフがうなずく。
「我々も覚悟はできている」
セリアは短く息をつき、決然とした声で告げた。
「次の朝議で、必ずこの事実を公にします。その時、あなた方の証言が必要になる。……王城で身を隠していてください」
ヴェルダンが僕を見やり、小さく笑う。
「俺たちの出番だな」
「うん」
外では、朝日が塔を黄金に染めていく。
白き炎が胸の奥で静かに揺れ、黒炎のざわめきを押し返した。
――王都の闇を断つ、決戦の舞台は整いつつある。




