第5話 出口の光
狭い裂け目を抜けると、洞窟の奥は不気味な静けさに包まれていた。
赤黒い霧はまだ漂っていたが、さっきのように魔の者が群れで迫ってくる気配はない。
ただ――壁そのものが生きているみたいに脈打ち、耳の奥で低いうなりが響いていた。
「……ここは何なんだ」
ヴェルダンが小声で呟いた。拳を握りしめる彼の手も、震えているのがわかる。
僕は答えられない。
胸の奥から、黒い熱がじわじわ広がっていた。
視界の端に黒炎がちらつく。
――怖い。このままでは、僕は自分を保てない。
「……ヴェルダン」
呼びかけると、彼が振り返った。
「僕、もう……この力に呑まれそうだ」
正直に言うと、ヴェルダンはため息をつき、額を軽く叩いてきた。
「馬鹿野郎。お前はエイルだ。魔王なんかじゃない。俺が隣にいる限り、絶対に」
力強い瞳に、心臓が跳ねる。
その瞬間、黒炎が少しだけ鎮まった気がした。
前方にかすかな風を感じる。
洞窟の奥から吹いてきた風は冷たく、霧を押しのけている。
「出口……かもしれない」
僕は息を呑んだ。
二人で駆け出す。
足元は崩れやすく、岩が何度も転がる。
背後から霧が追いすがるように伸びてくる。
ヴェルダンが先に進み、僕の手を強く引いた。
「ほら、光だ!」
狭い裂け目の先に、確かに外の光が差し込んでいた。
けれど、その前に最後の障害が待っていた。
巨大な魔の者――四つ足で地を這う獣の影が、出口を塞いでいたのだ。
「行かせない……」
低い声が洞窟を揺らす。
僕は剣を構えた。もう逃げられない。
「ヴェルダン、僕が囮になる」
「ふざけるな!」彼が怒鳴った。「一緒に行くんだ!」
獣が突進してきた。
僕とヴェルダンは叫び声を上げ、同時に飛びかかった。
剣と拳が交差し、獣の眼を貫く。
断末魔の咆哮と共に、身体が崩れ落ちた。
「今だ、走れ!」
互いに肩を支え合い、出口へ飛び込む。
――眩しい光が視界を満たした。
赤黒い霧は、光の中に触れると煙のように消えていく。
外へ転がり出ると、そこは森の中だった。
僕らは泥だらけで倒れ込み、しばらく動けなかった。
ただ、生きている。その事実だけが胸を満たした。
「……助かったな」
ヴェルダンが息を吐き、空を見上げる。
僕も空を見た。青がこんなに眩しいものだと、初めて知った気がした。
けれど、右目の奥に残る黒炎の疼きは消えていなかった。
「ヴェルダン……僕、やっぱり怖い」
「怖くていい。俺が隣にいる。それで十分だろ」
僕はうなずいた。
二人の影は長く伸び、村への帰り道を照らしていた。
安堵と、不穏さを抱えたまま――。




