第48話 潜む裏切りの気配
夜明け前の王都は、まだ眠りから覚めない。
北区の裏路地で“繭の種”を焼き払った僕とヴェルダンは、禁光庁の塔へ戻り、レフに報告を終えた。
しかし、胸の奥の白き炎はまだ落ち着かない。
――何かが、まだ潜んでいる。
「残りの印は東区だな」
レフが地図を指し示しながら言った。
「昨夜、お前たちが仕留めた“種”は確認済みだ。だが、あと二つは見つかっていない」
ゾルドが険しい表情で口を挟む。
「問題は、近衛の巡回記録だ。東区の警備隊は“異常なし”と報告している。だが、俺たちの目では何度も影を見た」
ヴェルダンが腕を組む。
「内部に裏切り者がいる可能性が高い。……その証拠を押さえなきゃならない」
レフは静かに頷き、灰色の瞳を細めた。
「証を掴まねば、王都の上層部は耳を貸さぬだろう。東区へ向かうのは危険だ。近衛の中に魔の者と繋がった者がいるなら、君たちが狙われる」
僕は剣の柄に手を置き、息を整えた。
「でも、やるしかない。放っておけば街全体が侵されます」
胸の奥で黒炎がざわめく。白き炎を強くして押さえ込む。
レフは少しだけ口角を上げた。
「君たちの覚悟に、禁光庁として協力しよう。巡回を装って、数人の兵を東区の外へ引き離す。だが潜入は君たちだけでやることになる」
ミルが短く頷く。
「裏路地から入れば、近衛の目は届かない。だが昨夜よりさらに危険だ」
***
東区へ向かう街道は、夜明け前の薄明に包まれていた。
瓦屋根の家々はまだ眠り、霧が低く垂れ込める。
「空気が違うな」
ヴェルダンが赤い瞳を細める。
「静けさが張り詰めてる。……昨夜より嫌な感じだ」
僕も周囲を見渡しながら頷いた。
やがて、古い市場跡へたどり着いた。
倒れた屋台が影をつくり、そこかしこに黒ずんだ染みが点在している。
「足跡……人間のものに混じって、爪の跡がある」
ヴェルダンが地面を指差した。
そのとき、低い笑い声が闇から響いた。
「……誰だ!」
剣を構え、白き炎を灯す。
路地の奥から、近衛の鎧を着た男が一人、ゆっくり姿を現した。
しかしその瞳は、ありえないほど赤く光っている。
「禁光庁の犬どもが動いていると聞いたが……やはり来たか」
男は笑い、口元から黒い靄を漏らした。
「近衛……お前が裏切り者か!」
ヴェルダンが一歩前へ出る。
「裏切り? いや、真の主に従っただけだ」
男の声は人間のものとは思えない低さに変わり、鎧の隙間から黒い蔦がのぞいた。
僕は剣を握り直す。
「ヴェルダン、やるしかない!」
「分かってる!」
赤い瞳が炎のように輝き、ヴェルダンは一気に距離を詰めた。
男は凄まじい速度で剣を振るう。金属音が夜気を裂き、火花が散る。
僕は白き炎を迸らせ、剣を合わせた。
黒い蔦が空気を裂き、足元の石畳を砕く。
「人間じゃ……ない!」
叫ぶと同時に、白き炎が蔦を焼き払う。
ヴェルダンが隙を突き、渾身の拳を男の胸に叩き込む。
「ぐっ……!」
黒い靄が吹き出し、男の身体が崩れ落ちた。
だが、その影は石畳に黒い痕を残しながら、夜気に溶けていった。
「証拠になるな」
ヴェルダンが肩で息をしながら呟く。
僕は剣を納め、白き炎を鎮めた。
「近衛の中に、魔の者と一体化した存在が……」
夜明けの光が薄く市場を照らし始める。
王都の内部に広がる闇は、僕らが想像していたよりも深い。
――これが、王都を蝕む真の影。
その事実を胸に刻み、僕たちは禁光庁への帰路についた。




