第44話 鐘楼の黒い繭
石の通路を抜けると、鐘楼の真下――広い円形の空間に出た。
格子越しに見える鐘は、かつての輝きを失い、黒い繭に絡め取られている。
その表面はぬめりを帯び、ゆっくりと鼓動していた。赤黒い管が鐘から天井へと伸び、まるで王都全体に脈動を伝えているかのようだ。
「……生きてる」
僕は息を呑んだ。
ヴェルダンは赤い瞳を細め、剣を構える。
「砦の根の核と同じ匂いがする。放っておけば、ここも飲み込まれる」
ミルとゾルドも後ろで顔を強張らせている。
その瞬間、繭が低く鳴いた。
ゴウ、と空気が震え、黒い裂け目が走る。
「来るぞ!」
ヴェルダンが叫び、僕は白き炎を剣に灯した。
裂け目から現れたのは、粘液を滴らせる無数の触腕だった。
槍のように鋭い先端が、四方八方から襲いかかる。
「うわっ!」
ミルが悲鳴を上げた。
「下がって!」
僕は剣を振り、白き炎で触腕を焼き払う。燃えた黒い粘液が床に落ち、異様な臭気を放った。
ヴェルダンは身体強化の魔法で跳躍し、天井近くから触腕を切り裂く。
「動きが早い……!」
「核を断たないと再生する!」
僕は白き炎をさらに強め、繭の中心へ踏み込む。
触腕が一斉に襲いかかり、視界が闇に覆われた。
(押し負けるな!)
僕は心の奥で黒炎の蠢きを感じながら、白き炎でそれを押さえつける。
「はあああっ!」
剣を横薙ぎに振り抜くと、炎が弧を描き、触腕をまとめて焼き払った。
その隙にヴェルダンが突進する。
「エイル、援護!」
「任せて!」
僕は剣を掲げ、白き炎を天井へ走らせた。
閃光が広間を照らし、ヴェルダンの赤い瞳が燃える。
彼は跳び上がり、繭の頂点へ渾身の一撃を叩き込んだ。
轟音と共に繭が激しく痙攣する。
だが裂け目はさらに広がり、中から影のような人型が現れた。
人の形をしていながら顔はなく、両腕は黒い刃と化している。
「これが……本体か」
ヴェルダンが息を呑む。
影は無言のまま一瞬で間合いを詰め、黒い刃を振り下ろした。
「くっ!」
僕は剣で受け止め、白き炎を迸らせる。火花が散り、腕が痺れた。
「俺が押さえる!」
ヴェルダンが横から蹴りを放つ。影はよろめき、繭へと後退した。
「今だ、エイル!」
僕は一気に距離を詰め、剣を振り下ろす。
白き炎が奔流となり、影もろとも繭を貫いた。
凄まじい咆哮が広間を揺らす。
黒い管が一斉に崩れ、鐘楼全体が震えた。
「退け!」
ゾルドが叫び、僕らは格子の外へ飛び退いた。
光が一度だけ激しく瞬き――黒い繭は、跡形もなく霧散した。
鐘楼に残ったのは、ひび割れた鐘と、わずかな煙だけだった。
「……終わった、のか」
ミルが呆然と呟く。
ヴェルダンは剣を収め、赤い瞳を細めた。
「まだ油断はできない。でも、王都を覆っていた脅威は消えたはずだ」
僕は白き炎を鎮めながら、大きく息を吐いた。
地上へ戻ると、夜空には星が瞬いていた。
王都の空気が、ほんのわずかに澄んでいる。
だが胸の奥で、黒炎はまだ静かに揺れていた。




