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第42話 西方への道

 砦の石門を出ると、朝の光が一面の草原を照らしていた。

 遠くには青い山脈が連なり、その向こうに西方の大地が広がっている。空気は澄み切っていたが、胸の奥にはあの黒い蔦の匂いがまだ残っているような気がして、僕は小さく息を吐いた。


「行こう、エイル」

 ヴェルダンが赤い瞳を細め、荷を背にして歩き出した。

「うん。王都まで、どれくらいかかるんだろう」

「砦の隊長によれば、最短でも十日はかかる。けれど道中は安全とは限らない」

 その言葉に僕は剣の柄を握り直した。


 道は砦から西へ向かって緩やかに下り、草原の風が二人の髪を揺らす。鳥の声が遠くで響くが、どこか不穏なざわめきも混じっているように思えた。


 昼過ぎ、街道沿いの小さな村に立ち寄ると、広場には人だかりができていた。

「何があったんだろう」

 近づくと、農夫が疲れた顔で説明してくれた。

「西の森から黒い霧が流れてきて、家畜が次々に倒れたんだ。医者を呼んでも原因が分からない」

「黒い霧……」

 僕の胸がざわつく。血の大樹や砦の蔦と同じ、魔の者の気配。


「王都からの使者も来ていない。何か大きなことが起きているのかもしれない」

 農夫の声は震えていた。

 ヴェルダンは真剣な表情で周囲を見渡し、低く言った。

「俺たちが確かめるしかない」

「うん」

 僕は白き炎を胸に宿し、決意を新たにした。


 村を後にし、さらに西へ進む。

 途中、小川を渡る橋の上から見下ろすと、川の水が一部だけ濁って黒く渦巻いていた。

「また……」

「魔の者の影響だろうな」

 ヴェルダンが険しい声で答える。

 僕は思わず川面に手をかざし、白き炎をそっと灯した。淡い光が水面に広がり、黒い濁りは少しずつ消えていった。

「エイル、力を使いすぎるな」

「大丈夫。少しだけだから」

 白き炎を抑えながら、僕は奥歯を噛んだ。世界がじわじわと蝕まれている。


 日が傾く頃、一日の終わりを告げる風が吹き始めた。

 街道沿いの古い石造りの宿屋に辿り着き、今夜はそこで休むことにした。

 暖炉の火が部屋を暖かく包み、久々に安らぎを感じる。


 食事の後、ヴェルダンが窓の外を見ながら口を開いた。

「エイル。王都に着いたら、まず情報を集めよう。魔の者がどこまで広がっているか、そして魔王の影がどこに潜んでいるか」

「うん。僕たちにできることを見つけないと」

 胸の奥で、白き炎が小さく揺れた。


 夜空には無数の星が瞬いている。

 けれど、どこか遠くで黒い雲が渦を巻いているのが見えた気がした。

 ――世界は確かに変わりつつある。

 その変化を止めるために、僕たちは進むしかない。


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