第40話 根の核
砦の奥へ足を踏み入れた瞬間、冷たい湿気が肌を刺した。
通路の壁には黒い蔦が脈動し、心臓の鼓動のような低い響きを放っている。兵士たちが松明を掲げても、光は蔦に吸い込まれ、闇がさらに濃くなるだけだった。
「ここだ。中枢はこの先だ」
先頭を行く隊長が低く告げた。
階段を降りるごとに空気は重く、息が苦しくなる。白き炎を心に灯すと、胸の奥の黒炎がざわつき、まるで何かに呼びかけられているようだった。
地下の広間に着いた瞬間、強烈な腐臭が鼻を突いた。
中心には巨大な赤黒い塊――鼓動する肉のような“根の核”が鎮座していた。
その表面からは無数の蔦が伸び、石床を覆っている。まるで生き物そのものだ。
「……これが……」
ヴェルダンが赤い瞳を細める。
「根の核。血の大樹の心臓か」
「放っておけば砦ごと飲み込むだろう」
隊長の声は硬かった。
そのとき、核が低く呻き、蔦が一斉に蠢いた。
次の瞬間、何本もの蔦が槍のように襲いかかる。
「来るぞ!」
僕は剣を抜き、白き炎を迸らせた。
炎が蔦を焼き、黒い汁が弾ける。
「ぐっ……!」
ヴェルダンが身を翻し、赤い瞳を燃やして拳を叩きつけた。岩を砕くような衝撃が蔦を粉砕する。
しかし蔦は次々と再生し、兵士たちに迫った。
「守れ!」
隊長が叫び、兵士たちが槍で必死に防ぐが、闇の力に押されて後退する。
「エイル、核を斬るしかない!」
ヴェルダンの声に僕は頷いた。
白き炎をさらに燃やし、剣を握り締める。
だが近づこうとするたび、蔦の壁が立ちはだかる。
「なら……まとめて焼き切る!」
僕は深く息を吸い、心の奥にある黒炎を感じた。
恐怖と憎悪の熱が胸を満たすが、白き炎がそれを包み込む。
「僕は……負けない!」
白と黒、二つの炎が交わり、剣が眩い光を放った。
「はああああっ!」
剣を振り下ろすと、炎の奔流が広間を包み、蔦を焼き裂いた。
その瞬間、ヴェルダンが叫ぶ。
「今だ、核を断て!」
僕は跳び込み、脈動する根の核へ剣を突き立てた。
耳をつんざく悲鳴のような音が響く。赤黒い汁が吹き上がり、白き炎がそれを呑み込む。
「うおおおおっ!」
ヴェルダンが追撃の拳を放ち、核の中心を打ち砕いた。
核が激しく痙攣し、砦全体が揺れた。
天井の蔦が次々に崩れ落ち、黒い霧が四散する。
「退け!」
隊長の号令で兵士たちが後退し、僕とヴェルダンも飛び退いた。
閃光と共に、根の核は崩れ落ち、赤黒い光は一気に消えた。
広間にはただ、焦げた石と沈黙だけが残った。
「……終わったか」
ヴェルダンが肩で息をしながら呟く。
僕も剣を下ろし、白き炎が静かに消えていくのを感じた。
隊長が近づき、深く頭を下げた。
「お前たちのおかげで砦は救われた。感謝してもしきれない」
「僕たちだけの力じゃない。皆が戦ったからです」
僕は剣を納めながら答えた。
地上に戻ると、夜明けの光が砦の壁を照らしていた。
黒い蔦は消え去り、空には澄んだ青が広がっている。
だが胸の奥で黒炎はまだ微かに揺れていた。
――これは終わりじゃない。もっと大きな影が、必ずどこかで息づいている。




