第39話 砦の影
砦が近づくにつれ、空気は重く、息苦しくなっていった。
石造りの外壁は本来なら灰色のはずなのに、今は黒い蔦がびっしりと絡みつき、じわじわと砦を飲み込んでいる。根から滴る赤黒い液体が、地面に染みをつくり、瘴気のような匂いを漂わせていた。
「……これは」
ヴェルダンが眉をひそめる。赤い瞳が蔦の脈動を映した。
「血の大樹と同じ……いや、それ以上に禍々しい」
僕も白き炎を心に灯しながら頷いた。
近づくと、砦の上から兵士の声が響いた。
「止まれ! 名を名乗れ!」
槍を構えた兵士たちが、緊張した表情でこちらを見下ろしている。
「俺はヴェルダン、こっちはエイル。町から来た。魔の者の被害状況を確かめたい」
ヴェルダンが答えると、兵士は一瞬ためらったのち、門をゆっくりと開いた。
中に入った途端、異様な光景に息を呑んだ。
砦の中庭には傷ついた兵士たちが横たわり、医師らしき人々が必死に治療を施している。
砦の壁はひび割れ、黒い蔦が内部まで侵食している。ときおり蔦が動くたび、兵士たちは警戒の声を上げていた。
「よく来てくれた」
声をかけてきたのは、顔に古傷を持つ中年の隊長だった。鎧には血が染み、疲労がにじんでいる。
「この状況を見れば分かるだろう。蔦は夜になるとさらに伸び、兵士を取り込もうとする。もう何人も失った」
彼の言葉に砦内の緊張が一層増す。
「血の大樹のようなものを、僕たちは村で見たことがあります」
僕が口を開くと、隊長は驚いた表情を見せた。
「やはり同じものか……。この砦に現れたのは二日前だ。最初は一つの根だったが、今では砦全体を覆っている」
ヴェルダンが蔦に目を凝らす。
「放っておけば、ここも村のように……」
「そうだ。しかも昨夜、蔦の奥から不気味な咆哮が聞こえた。まるで……生きているようだった」
隊長の声が低く響く。
僕は胸の奥で黒炎がざわつくのを感じた。
血の大樹――あの村で戦った恐怖が甦る。
「……これを止めなければ」
「やるのか?」
ヴェルダンが隣で呟く。
「僕たちにしかできないかもしれない」
隊長は目を見開いた。
「まさか……少年二人に任せるわけには……」
「でも、俺たちはあの魔女を退けた。やれることはあるはずだ」
ヴェルダンの赤い瞳が鋭く光る。
隊長はしばし黙り、やがて頷いた。
「分かった。だが、あれは夜になると活性化する。闇が深まる前に、砦の中心にある“根の核”を断つ必要がある。そこを破壊すれば蔦は死ぬはずだ」
「根の核……」
僕は剣を握った。
白き炎が静かに脈打つ。
「やってみます」
隊長は剣を抜き、兵士たちに号令をかけた。
「少年たちを根の核へ案内しろ! 我々も援護する!」
砦全体がざわめいた。
黒い蔦がわずかに動き、まるで意志を持つかのように呻き声を上げる。
その音は、遠い雷鳴のように不吉に響き渡った。
「エイル、行こう」
ヴェルダンが僕の肩に手を置く。
「うん」
僕は深く頷き、砦の奥へと足を踏み入れた。




