第38話 北の砦へ
朝の光が町の屋根を照らし始めたころ、僕とヴェルダンは宿を出た。昨日の混乱の爪痕はまだ残っている。瓦礫を片付ける人々、崩れた露店の前で呆然と座り込む商人――その光景を見れば、魔女が残した傷がいかに深いかが分かる。
「……必ず強くならないと」
僕は小さく呟いた。
ヴェルダンは隣で頷き、赤い瞳を細めた。
「砦に行けば、何か情報が得られるはずだ。魔の者がどこまで広がっているのか……確かめないと」
町を抜け、北へ向かう街道に出ると、風が草原を渡ってきた。広々とした大地に、馬車の轍が幾筋も走っている。村と町を結ぶだけだった僕らの世界が、果てしなく広がっていくのを肌で感じた。
街道を進む途中、兵士の一団とすれ違った。鎧は傷だらけで、馬は疲弊している。先頭の兵士は片腕を吊り、痛々しい姿だった。
「……魔の者か」
ヴェルダンが低く呟く。
兵士の一人が僕らに視線を向けた。
「お前たち、北へ向かうのか?」
「はい。砦で状況を確かめようと思います」
「やめておけ。砦は今、持ちこたえているのが奇跡だ。夜ごと影が押し寄せ、兵が次々と倒れている。昨日も仲間を何人も失った……」
兵士の声は震えていた。
「もし向かうなら覚悟しろ。あそこはもう戦場だ」
そう言い残し、一団は疲れ切った様子で町へと戻っていった。
「……想像以上に危ない場所らしいな」
ヴェルダンが息を吐き、拳を握る。
僕は剣に触れ、白き炎を心に宿した。
「でも、行かなくちゃ。父さんも言ってた。外の世界で戦えって……だから僕は確かめたい」
ヴェルダンは短く笑った。
「お前の強情さ、嫌いじゃない」
草原を抜けると、道は丘陵地帯へと変わった。岩肌を削った小道が続き、木々の影が濃くなる。
その途中、小さな集落を見つけた。石を積んだ家々が並ぶが、人の姿はほとんど見えない。扉は閉ざされ、窓からは怯えた視線がこちらを覗いていた。
一人の老人が道端に座り込んでいた。顔は痩せ、衣服はほころびている。
「お前たち……砦へ行くのか」
「はい。状況を確かめに」
「なら気をつけろ。あの砦の近くには、血を吸う樹が現れたと聞いた。根が兵士を絡め取り、生きたまま枯らすのだと……」
「血を吸う……樹……」
背筋が凍る。村を襲った血の大樹の記憶が蘇る。
「もしそれが本当なら、砦は長く持たない」
ヴェルダンの声は冷静だったが、その赤い瞳の奥に燃える決意が見えた。
僕らは老人に礼を告げ、再び歩き出した。道は次第に険しさを増し、空気も重くなる。黒い鳥が空を横切り、どこかで嗚咽のような風が鳴った。
「エイル」
ヴェルダンが低く呼ぶ。
「お前の炎がなければ、きっと突破できない。だから……頼むぞ」
「うん。僕も、ヴェルダンがいてくれなきゃ戦えない」
互いに短く頷き、足を速めた。
丘を越えた先に、石造りの砦の影が見えてきた。
だが、その外壁には黒い蔦が絡みつき、まるで砦を喰らおうとしているかのようだった。
「……間に合うか」
ヴェルダンの声が低くなる。
僕は白き炎を剣に宿し、胸の奥で強く誓った。
――今度は、守り抜く。




