第37話 町での休息
愛の魔女グックルガムが黒い靄となって消えた後、町にはしばし重苦しい沈黙が広がった。
逃げ惑っていた人々が少しずつ顔を出し、倒れた露店を立て直し始める。泣き声と安堵の声が交じり合い、ようやく「助かった」という実感が広がっていった。
「……終わったな」
ヴェルダンが額の汗を拭い、荒い息を吐いた。赤い瞳の光はまだ消えていない。
「うん……でも、また来る気がする」
僕は剣を収めながら答えた。鳶色の瞳で残したあの不吉な笑み――忘れられそうになかった。
そのとき、兵士たちが駆け寄ってきた。鎧を鳴らし、慌ただしく周囲を警戒している。
「坊やたち、あの魔女を追い払ったんだってな」
「はい……本当にギリギリでした」
僕が正直に答えると、隊長らしい男が目を見開き、僕らを凝視した。
「はい……本当に紙一重の勝利でした」
兵士たちは顔を曇らせ、互いに短く言葉を交わす。
「町を守ってくれて感謝する。だが……これで終わりではないだろうな」
騒ぎが収まると、僕とヴェルダンは町の宿へと案内された。木造の二階建ての宿屋で、香ばしいパンとスープの匂いが漂っている。
「お客さん、今日は無料でいいよ。あんな魔女から助けてくれたんだから!」
女将が笑顔で言い、温かなスープを手渡してくれた。
「……ありがたいな」
ヴェルダンがスプーンを手にし、赤い瞳を細めて食べ始める。
僕も口に含むと、塩気と香草の香りが体に染み渡った。ようやく緊張が解け、胃の底から力が戻るのを感じた。
しばらくして、宿の隅にいた老人が話しかけてきた。
「坊やたち、あの魔女を追い払ったんだってな」
「はい……けれど本当に危なかったんです」
僕の言葉に、老人は深く息を吐いた。
「最近な、こういう話が各地で増えてるんだ。魔女だけじゃない。血の大樹のような異様なものも、町や村の近くに現れたって噂を聞いた」
「……やっぱり」
ヴェルダンが眉をひそめる。
「エイル、俺たちの村だけじゃない。魔の者は広がってる」
「うん……世界全体が狙われてるのかもしれない」
胸の奥で黒炎がうごめくのを感じた。白き炎で押さえ込んでいなければ、きっと飲み込まれてしまう――そんな予感が背筋を冷たくした。
老人はさらに声を潜めた。
「この町の北には砦がある。兵士たちが駐留してるが、そこも最近、魔の者に襲われたと聞いた。向かうなら……覚悟がいるぞ」
「砦……」
ヴェルダンが腕を組んだ。
「情報を集めるには行ってみる価値があるな」
「そうだね」
僕は頷いた。旅立ってまだ日も浅いのに、次の目的地が決まってしまった。
食事を終えると、僕らは宿の部屋で横になった。
柔らかな布団に体を沈めると、瞼が重くなる。
けれど眠りに落ちる前、鳶色の瞳が脳裏に浮かんだ。
「また……来るんだろうな」
呟いた声は、闇の中でかき消えた。




