第36話 町を乱す影
「魔女だ! 魔女が出たぞ!」
叫び声と同時に、大通りが混乱に包まれた。人々が荷物を放り出して逃げ惑い、商人たちの露店が次々と倒れる。果物が転がり、香辛料の匂いが鼻を突いた。
「エイル、気を抜くな!」
ヴェルダンが赤い瞳を光らせ、人の波をかき分ける。
僕も剣を握り、白き炎を微かに宿した。
視線の先――石畳の中央に、黒い影が立っていた。
黒髪を揺らし、大きなとんがり帽子を被った少女。小柄で幼い体に、赤いハイヒールが場違いなほど響いている。
「……グックルガム」
愛の魔女。僕らの村を襲った存在が、再び姿を現したのだ。
「ふふっ、偶然ね。こんなところで会えるなんて」
グックルガムは鳶色の瞳を細め、にやりと笑った。
「会いたかったわ、エイル。あなたの心臓、どれくらい強くなったか見せてちょうだい」
「やめろ!」
僕は剣を構え、人々を背に立った。
「ここは村じゃない。たくさんの人が暮らしてるんだ!」
「だから面白いのよ。大勢の前で、あなたがどこまで守れるか……」
魔女の足元から黒い蔦のような影が伸び、石畳を這い始めた。触れた露店は軋み、木片に変じて崩れる。
「来るぞ!」
ヴェルダンが叫び、僕と並んで走った。
「はああっ!」
白き炎で影を焼き払い、ヴェルダンが拳で瓦礫を砕く。だが影は次々と伸び、町の建物に絡みついていく。悲鳴が響き、逃げ遅れた人々が怯えて立ちすくんでいた。
「こっちだ!」
僕は剣で影を断ち切り、子どもを抱き上げた母親を導く。
「早く、門へ!」
ヴェルダンも兵士と共に人々を押し出し、必死に安全な場所へ誘導する。
「いい顔をするじゃない」
グックルガムは赤い靴で石畳をコツンと鳴らした。
「守ろうとすればするほど、苦しむ。あなたの炎は……どこまで持つかしら」
影が大きな腕となり、僕へ襲いかかる。
「ぐっ……!」
剣で受け止めるが、腕の重さに押されて膝が沈む。
「エイル!」
ヴェルダンが飛び込み、拳で腕を砕いた。その隙に僕は白き炎を爆発させ、影を焼き払った。
「へぇ……」
グックルガムは舌打ちするように笑い、両手を広げた。
「今日はここまでにしておいてあげる。だって、あなたがもっと壊れるところ……見てみたいんだもの」
彼女の体が黒い靄に包まれ、ゆっくりと消えていく。
最後に残したのは、鳶色の瞳の妖しい光だった。
静寂が戻ったとき、町は瓦礫と恐怖に覆われていた。
「また……あいつが」
僕は剣を握りしめた。
「エイル」
ヴェルダンが隣で低く言った。
「ここで立ち止まれない。俺たちは進むしかない」
「……うん」
胸の奥で黒炎が蠢き、白き炎が必死に押さえ込んでいた。
旅は始まったばかり。けれどもう――試練は容赦なく襲いかかっていた。




