第32話 白き炎の裁断
血の大樹が脈動を強め、幹の裂け目から黒炎があふれ出す。その中心に立つ斑のチュロシュは、斑色の髪を揺らし、少女のような体でありながらも絶対的な強者の威圧感を放っていた。
「終わりにしましょう」
甘く響く声。その裏には、冷酷な死の宣告が潜んでいた。
「……ああ、終わらせてやる」
父ロドルフが短剣を握り締め、前に出た。
「父さん、僕も!」
「俺もだ!」
僕とヴェルダンも並び立つ。三人の息が合い、心臓の鼓動が一つに重なった気がした。
チュロシュの右目から黒炎が奔流となって放たれ、血の大樹全体が震える。無数の根と影が、波のように押し寄せてくる。
「来るぞ!」
父の声に、僕は白き炎を剣に込め、ヴェルダンは赤い瞳を燃やして身体を強化した。
三人は同時に踏み込んだ。
「はあああっ!」
白き炎が道を切り裂き、影を焼き払う。
ヴェルダンの拳が赤い光を放ち、根を粉砕する。
父の短剣が鋭く閃き、黒炎の槍を切り裂いた。
「ぐっ……!」
チュロシュが初めて後退した。右目の炎が揺らぎ、斑色の髪が乱れる。
「これほどまでに……」
「今だ、押し込め!」
父の号令に、僕らは全力を重ねる。
白き炎が剣を包み、眩い閃光となって走った。
ヴェルダンの赤い瞳が燃え、拳が炎の道を貫く。
父の短剣が最後の一閃を放ち、三人の力が一点に集束した。
「うおおおおっ!」
轟音と共に斬撃がチュロシュの胸を貫き、白き炎が黒炎を飲み込んだ。
「――ああ……」
斑のチュロシュは瞳を見開いた。
その口元には、母が子を見つめるような微笑が浮かんでいた。
「やっぱり……あなたは……愛しい子……」
言葉が途切れ、体は黒炎と共に崩れ落ちていく。
斑色の髪も赤い靴も、霧のように消えていった。
幹部級、斑のチュロシュ――討ち果たされた。
直後、血の大樹が悲鳴のような音を上げて崩れ始めた。枝が裂け、赤黒い脈動が止まり、根が干からびていく。
「……やったのか」
ヴェルダンが呆然と呟いた。
「いや……やり遂げたんだ」
父が答え、短剣を下ろした。
僕は剣を握り締めたまま、荒い息を吐いた。胸の奥で黒炎がまだ蠢いている。けれど、白き炎がそれを押さえ込み、静かに燃え続けていた。
空を見上げると、夜を覆っていた瘴気が晴れていく。星々が再び顔を覗かせた。
村は守られた。父と、ヴェルダンと一緒に――確かに守り抜いたのだ。
「エイル」
父が僕の肩に手を置く。重く、温かい手だった。
「よくやった。お前は……立派に戦った」
「……父さん」
言葉にならず、僕はただ頷いた。
幹部級との死闘は終わった。
けれど、この戦いが示すものは一つ。
――魔王の影は、確かに世界を侵食している。
安堵と不安が入り混じる夜の風を胸いっぱいに吸い込みながら、僕は剣を静かに収めた。




