第31話 血の大樹の咆哮
血の大樹が脈動を強めた。
幹の奥から響く不気味な鼓動は、まるで大地そのものが生きているかのようだ。枝から滴る赤黒い液が地を打つたび、小鬼や獣の影が次々と形を取り、地表を覆い尽くしていく。
「……これが、幹部級の本気」
父ロドルフの声は低く、緊張に満ちていた。
彼の短剣が汗に濡れた掌で握られ、白銀の刃が震える。
斑のチュロシュは微笑んでいた。
「あなたたち、思っていたよりも楽しませてくれる……だから、もっと深く試してあげる」
右目から黒炎が噴き出し、血の大樹と繋がるように絡みついた。幹全体が呻き、根が村の方角へと伸び広がる。
「村が……!」
僕は息を呑んだ。母さんとリーセ、そして村の人たちが危ない。
「行かせない!」
白き炎を剣に込め、迫る根を焼き払う。しかし数が多すぎる。切っても切っても、新たな根が伸びてくる。
「エイル、守りは俺に任せろ!」
ヴェルダンが叫び、体を駆使して影の獣を押し返す。折れた槍の柄で殴りつけ、赤い瞳の力を爆発させて拳に魔力を込める。殴り飛ばされた影は霧散するが、彼の体はすでに満身創痍だった。
「ヴェルダン、無理するな!」
「うるさい、俺は仲間を守るって決めたんだ!」
その言葉が胸に刺さり、僕の炎がさらに強く燃え上がった。
だが、チュロシュは冷酷だった。
「必死で抗う姿……愛しいわ。けれど抗いは壊すためにある」
右目の炎が炸裂し、幾筋もの黒炎の槍が空を裂いて降り注ぐ。
「来るぞ!」
父が短剣を掲げ、魔力を纏わせて受け止めた。火花が散り、黒炎と銀の刃が衝突する。その隙を縫って僕とヴェルダンが前に出るが、炎の雨は容赦なく降り注ぎ、地を焼き尽くす。
「ぐっ……!」
腕に黒炎がかすり、焼け付く痛みが走った。皮膚の下で黒い血管が浮かび上がる。僕は歯を食いしばり、白き炎で焼き払った。
(これ以上……黒炎に呑まれたら……!)
「エイル!」
父の声が飛んだ。短剣が弾かれ、ロドルフが膝をつく。
「父さん!」
駆け寄ろうとした瞬間、チュロシュが僕の前に立ち塞がった。
「あなたは特別。だから――壊したくない」
甘く優しい声。それでいて冷酷な瞳。
「エイル……こちらへ来なさい。そうすれば父も友も苦しまずに済むのよ」
「黙れ!」
ヴェルダンが叫び、血に濡れた体で飛びかかった。
「エイルは渡さない!」
赤い瞳が炎のように輝き、拳に宿した魔力がチュロシュの頬をかすめた。
「っ……!」
幹部級の身体がわずかに揺らぐ。だが、すぐに笑みが戻る。
「そう、守るのね。可愛い……でも弱い」
彼女は踵を振り抜き、ヴェルダンの胸を強打した。
「がはっ!」
血が宙に舞い、ヴェルダンは地面に叩きつけられる。
「ヴェルダン!」
駆け寄ろうとする僕を、チュロシュの指先が制した。
「来てはだめ。あなたが動けば……彼は本当に死ぬ」
母のような声。だがそこにあるのは慈愛ではなく、絶対的な支配だった。
「エイル、選びなさい。仲間を見殺しにしてでも私と共に生きるか、それとも一緒に滅びるか」
(そんな……選べるわけない!)
頭が割れそうに痛い。右目の奥で黒炎が蠢き、囁きかけてくる。
――力を解き放て。すべてを焼き尽くせ。そうすれば守れる。
「違う……僕は……!」
必死に叫び、剣を握る。白き炎が揺らぎながらも再び燃え上がった。
「僕は僕の力で……みんなを守るんだ!」
「愚かね」
チュロシュは冷酷に言い放ち、右目の炎をさらに強めた。血の大樹が共鳴するように脈動し、根が村全体を覆い尽くそうと広がっていく。
「父さん! ヴェルダン! 一緒に!」
僕の声に、父は短剣を構え直し、ヴェルダンもよろめきながら立ち上がった。
「俺たちは三人だ!」
父の声が夜を裂き、ヴェルダンの赤い瞳が輝いた。
「エイル……共に抗うぞ!」
「うん!」
僕は叫び、白き炎を爆発させた。
闇と光が再び激突し、丘の上に眩い閃光が走る。
幹部級の冷酷さと、母性的な矛盾を抱えた存在――斑のチュロシュ。
彼女との戦いは、なおも激しさを増していった。




