第30話 愛と憎の樹下で
斑のチュロシュは黒炎を右目から噴き出しながら、愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。
「いいわ、その必死さ。もっと見せて……あなたたちの“愛しい力”を」
赤い靴音が石畳に響くたび、空気が重く沈む。彼女の視線は獲物を弄ぶ狩人のものだ。だが、その奥には時折、母が子を抱くような柔らかさも混じっていた。矛盾する眼差しに、僕の心はまだ揺さぶられていた。
「エイル、惑わされるな!」
父ロドルフが叫ぶ。血に濡れた顔でも、その声は力強かった。
「俺たちがやるべきことは一つ。村を守る、それだけだ!」
「……うん!」
その言葉で迷いが晴れ、僕は白き炎を剣に宿した。
ヴェルダンもふらつきながら立ち上がり、折れた槍の柄を握り直す。赤い瞳は燃え、決意を示していた。
「俺もまだ戦える。三人なら……必ず!」
チュロシュの唇が愉しげに吊り上がる。
「三人揃っても、結末は同じ。武器も力も、私の前では意味を持たない」
彼女が手を翳すと、地の根が蠢き、次々と武器や鎧を菓子へと変えていった。騎士たちはなすすべなく退き、戦場には僕ら三人だけが残された。
「なら……僕らが止める!」
僕は走り出し、白き炎で根を焼き切る。
その隙にヴェルダンが低く身を滑り込ませ、柄の先で彼女の足を払った。
「っ……!」
チュロシュが体勢を崩した瞬間、父の短剣が鋭く閃き、肩をかすめた。黒い血が散り、彼女は数歩後退する。
「……ほう」
初めて驚いたように目を細めた。
「連携、ね。悪くないわ」
次の瞬間、彼女の右目が爆ぜ、闇の刃が雨のように降り注ぐ。
「来るぞ!」
父が短剣で弾き、ヴェルダンが僕の背を押して走らせる。
僕は白き炎を広げ、三人の前に壁を展開した。黒炎と白炎がぶつかり、空気が弾ける。
「押し返せ!」
父の声に応じ、僕は炎を強く燃やした。ヴェルダンも背後から力を重ね、三人の力が一つになって黒炎を押し返す。
轟音と共に、闇の刃が弾け飛び、視界が開けた。
「なっ……」
チュロシュが眉をひそめる。
僕らは呼吸を合わせ、同時に踏み込んだ。
白き炎の剣が道を切り裂き、ヴェルダンの柄が彼女の脇腹を打ち、父の短剣がその隙を斬り裂いた。
「ぐっ……!」
幹部級の身体がわずかに揺らぎ、赤い靴が石畳を削る。
「やった……!」
僕の胸が高鳴った。圧倒的に思えた彼女に、初めて確かな一撃を与えられたのだ。
しかしチュロシュは笑っていた。
「なるほど……三人なら、私と遊べるというわけね」
唇に浮かんだ笑みは、愉悦と狂気が入り混じったものだった。
「なら、もっと力を引き出してあげる。……エイル、あなたが壊れるまで」
再び右目の黒炎が爆ぜ、血の大樹全体が脈動した。大地が震え、影の獣たちが幾体も這い出してくる。
「これが……幹部級……」
ヴェルダンが息を呑む。
父も額の汗を拭い、短剣を握り直した。
「怯むな! 俺たちは三人だ!」
僕は白き炎を握り直し、赤い瞳を燃やすヴェルダンと視線を交わした。
(負けない……! 父さんと、ヴェルダンと一緒なら!)
闇と光が再び交差する。
幹部級との死闘は、まだ始まったばかりだった。




