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Haphazard Fantasy ~AIエイルの不思議な冒険~  作者: 加藤大樹
第四章 血の大樹と幹部級
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第29話 揺らぐ心

 斑のチュロシュはゆっくりと歩み寄ってきた。

 赤い靴音が石畳に響くたび、空気が震える。右目から溢れる黒炎は形を変え、蛇のように揺らめいては僕らを囲もうとしていた。


「エイル……あなたは苦しいでしょう」

 声は甘く、柔らかい。敵の言葉とは思えないほど、胸に染み入る温もりを含んでいた。

「戦わなくていいの。剣を置いて……ここに来なさい」


「黙れ!」

 父ロドルフが短剣を振るい、黒炎を弾き飛ばした。

「こいつは敵だ、惑わされるな!」

「父さん……」

 必死の声は届く。けれど僕の耳には、チュロシュの優しい響きが残っていた。


「あなたのお父さんも、友も、いつかはいなくなる。けれど私は違う」

 チュロシュはまっすぐ僕を見つめ、唇を綻ばせた。

「私は永遠にあなたの傍にいる。だから安心していいのよ、エイル」


(僕の傍に……?)

 胸の奥が熱く揺れた。

 戦いで疲れ切った体と心に、その言葉は甘美すぎた。ほんの少しだけ――その手を取ってしまいそうになる。


 だが、耳に鋭い声が飛んだ。

「エイル! お前は俺と戦うんだろ!」

 ヴェルダンだった。血で口元を汚しながら、それでも立ち上がり、赤い瞳を燃やして僕を睨んでいた。

「約束しただろ……一緒に守るって!」


「……!」

 僕の手が震えた。剣を落としかけた指に力を込め、白き炎を再び燃やす。

「そうだ……僕はヴェルダンと……父さんと、一緒に戦う!」


 チュロシュの瞳が揺れた。母のような優しさが一瞬だけ翳り、再び幹部級の冷酷さが戻る。

「選んでしまうのね……残念だわ」

 右目の黒炎が爆ぜ、巨大な腕の形を作り出す。闇の腕は大地を抉り、建物を粉砕しながら僕らへ迫ってきた。


「防げ!」

 父の短剣が光を弾き、ヴェルダンが体を張って突き込む。僕も剣を振り抜き、白き炎で黒い腕を切り裂いた。

 轟音と共に、闇の腕は砕け散る。


「……やるじゃない」

 チュロシュは唇を舐め、声の調子を変えた。

「でも、その力……あなたの体を壊すわ。だから私が代わりに抱きしめてあげる」


「黙れぇっ!」

 僕は叫び、剣を振り抜いた。白き炎が閃き、黒炎と激しくぶつかる。

 だが次の瞬間、彼女はふっと僕の背後に回り込んでいた。

「……!」

 冷たい指先が、そっと僕の頬に触れた。

「可愛い子……やっぱり守ってあげたい」


「やめろぉ!」

 父が割って入り、短剣で斬りかかる。チュロシュは軽やかに後退し、再び距離を取った。


 彼女は微笑んだまま、血の大樹を背にして立ち止まった。

「あなたたちをすぐに殺すつもりはない。もっと――私を楽しませて」


 幹部級の冷酷さと、母性めいた眼差し。

 その矛盾は僕の心を大きく揺さぶり続けていた。


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