第28話 矛盾する眼差し
黒炎が奔流となって押し寄せ、僕は咄嗟に白き炎を剣へ纏わせた。
「はあああっ!」
火と火がぶつかり合い、耳をつんざく轟音が広場に響く。だが力の差は歴然だった。僕の炎は押し返され、足元の石畳が砕けていく。
「エイル!」
ヴェルダンが立ち上がり、槍の折れた柄を構えて飛び込んできた。全身の魔力を腕に巡らせ、必死に突きを繰り出す。
「邪魔」
チュロシュの冷ややかな声と共に、右目の炎が閃く。槍の柄すらも瞬く間に菓子と化し、ヴェルダンの手の中で砕け散った。
「ぐっ……!」
次の瞬間、彼女の踵が腹部を撃ち抜き、ヴェルダンは血を吐きながら地に転がった。
「ヴェルダン!」
僕は叫ぶが、返事はない。ただ彼の赤い瞳が微かに揺らめいているだけだった。
父ロドルフが割って入り、短剣で斬りかかる。
「はあっ!」
幹部級と呼ばれる存在に臆することなく、鋭い剣閃を幾度も浴びせる。
だがチュロシュは片手で炎を払い、赤い靴で剣筋を踏み砕く。衝撃で父の腕が痺れ、地に血が滴った。
「無駄な抵抗はやめなさい。あなたでは私に届かない」
冷酷な言葉に、父の顔が苦悶で歪む。
(父さんまで……!)
胸が裂けそうだった。剣を握る手に汗が滲む。僕は立ち上がり、全身に白き炎を巡らせた。
「僕が……止める!」
駆け出す僕に、チュロシュの瞳が絡みついた。
だが今度は冷酷さの中に、どこか温もりが宿っていた。
「エイル……あなたは違う。大丈夫よ、怖がらなくてもいい。私が守ってあげる」
「え……?」
思わず足が止まった。敵のはずなのに、その声は母の腕に抱かれるような優しさを帯びていた。
チュロシュは黒炎を抑え、歩み寄る。その表情は確かに母のような慈愛を湛えていた。
「なにを……言って……」
困惑する僕に、彼女はそっと手を伸ばす。
「あなたは戦わなくていい。白き炎も黒炎も、どちらも背負う必要はない。……私が全部引き受けるから」
「……!」
耳に響くその言葉は甘美で、心を溶かしそうだった。
だが背後で呻く声がした。
「……エイル……惑わされるな……!」
血を吐きながら、ヴェルダンが必死に僕を呼んでいた。
「ヴェルダン……!」
その声で我に返る。目の前の少女の手が、ほんの一瞬だけ鋭い爪に見えた。優しさの裏に潜む冷酷さが、再び全身を凍らせる。
「……違う……僕は戦う!」
僕は白き炎を一気に燃やし、チュロシュの手を払った。
彼女の表情が変わる。慈愛の笑みは消え、再び幹部級の冷徹な貌となった。
「そう……選んだのね」
冷酷な声が闇に響き、右目の黒炎が爆ぜた。
父が必死に割って入り、ヴェルダンも血に濡れた体で立ち上がる。
「エイル……一緒に!」
僕は頷き、剣を構えた。
矛盾する眼差しを持つ魔女――斑のチュロシュ。
冷酷さと母性が交錯する戦いの幕は、まだ終わらない。




