第27話 幹部級の冷酷さ
血の大樹の幹から姿を現した斑のチュロシュは、ゆっくりと赤い靴を石畳に打ち鳴らした。
その細い体は十五歳ほどの少女の姿をしているのに、右目から流れ出す黒炎が周囲の空気を支配していた。まるでこの場に立つ全員を、ただ一瞥で無に帰せるかのような威圧感だった。
「来なさい」
彼女の声は低く冷ややかで、血の大樹の瘴気と同調して響いた。
次の瞬間、父ロドルフが先に動いた。
「うおおおおっ!」
雄叫びと共に剣閃が走り、一直線に幹部級の胸を狙う。
だがチュロシュは一歩も動かず、右目から鋭い黒炎を線のように放った。
「なっ……!」
炎に触れた父の剣は一瞬で飴細工のように溶け、砂糖菓子のように砕け散った。
「父さん!」
僕の喉から叫びが漏れた。
だがチュロシュは振り向きもせず、無造作に足を上げた。
赤い靴の踵が石畳を砕き、破片と共に僕の腹を直撃する。
「がっ……!」
肺から息が抜け、僕は宙を舞って地に叩きつけられた。全身が軋み、白き炎が一瞬揺らいだ。
「エイル!」
ヴェルダンの声。彼は槍を構え、赤い瞳を燃やして突進した。
全身を強化し、地を裂くほどの速度で穂先を突き出す。
だがチュロシュは片手を翳しただけだった。
「甘い」
瞬間、槍は飴のように軟化し、真ん中からぽっきりと折れた。
「なっ……!?」
驚愕する彼の胸に、チュロシュの掌底が叩き込まれる。
鈍い衝撃音。ヴェルダンの口から血が飛び散り、地面に転がった。
「ヴェルダン!」
僕は必死に身体を起こした。
だが立ち上がったチュロシュは冷ややかな視線で僕らを見下ろし、まるで遊びを始めたばかりのように余裕を漂わせていた。
「これが幹部級」
彼女は足をゆっくりと動かし、石畳に赤い靴音を刻む。
「私たちは黒騎士のように迷わない。命じられた任務を遂行するだけ。それが存在理由。……抵抗しても無駄よ」
その声は淡々としていたが、血の大樹の瘴気と重なり、耳に刺さるほど冷たかった。
父ロドルフは短剣を抜き直し、肩で息をしながら構えた。
「子どもたちを守る。それが俺の役目だ」
「役目……?」
チュロシュは薄く笑い、右目の炎を強く揺らした。
「そんなもの、私の前では意味を持たない」
黒炎が奔流となって放たれる。父は短剣で受け止めたが、衝撃で膝が沈む。
「ぐぬぅっ……!」
火花と共に、周囲の石畳が割れていく。
「父さん!」
僕は立ち上がり、白き炎を剣に形作った。
「負けない……僕は!」
叫んで駆け出すが、チュロシュの瞳が僕を捉えた瞬間、全身の血が凍る。
「まだ立つの?」
首を小さく傾げ、無機質な声を零す。
「なら、確実に叩き潰すまでよ」
視界が揺らぐ。彼女が動いたのを認識した時には、もう目の前に迫っていた。
「――!」
赤い靴の蹴りが風を裂き、僕の剣に直撃する。
激しい衝撃で白き炎が散り、刃は粉々に砕けた。
「エイル!」
ヴェルダンが叫びながら立ち上がる。血に濡れた胸を押さえ、それでも彼は歯を食いしばっていた。
「俺たちが……負けるわけには……!」
チュロシュは冷酷な笑みを浮かべ、右目の炎を更に膨れ上がらせた。
「次は……あなたの番ね、エイル」
黒炎が渦を巻き、まるで夜空を引き裂くように広がっていく。
僕は震える足を叱咤し、再び剣を握り締めた。
父とヴェルダンが限界に近い中で――僕だけは、もう立ち止まれなかった。




