第25話 血の大樹との戦い
村はずれの丘に、異様な木が根を張っていた。
幹は赤黒く脈動し、裂け目から滴る液が土を染める。枝は枯れた指のように伸び、風もないのにざわりと蠢いた。
「近づくな! 子どもたちは家に戻れ!」
鋭い声が響く。父――ロドルフ・ノルデンだ。鎧に身を包み、腰の剣を抜き放ち、赤黒い木を睨んでいる。
「エイル、ヴェルダン。俺の後ろにつけ。正面は俺が押さえる」
その言葉どおり、幹の割れ目から飛び出した影狼三体を、父は一閃で薙ぎ払った。
「父さん……!」
胸が熱くなる。やっぱり、父は村一の騎士だ。
だが、大樹は呻くように揺れ、根をうねらせて納屋を押し潰そうとした。中から子どもの泣き声が響く。
「任せろ!」
父が梁を肩で支え、僕が白き炎で絡みつく根を焼き払い、ヴェルダンが子どもを抱き出した。
「走れ!」
父の声に背中を押され、子どもは母親の腕に飛び込む。
「これが……血の大樹」
ヴェルダンが唾を飲む。枝先から血の雫が降り、地に落ちると小鬼へと変わった。
「きりがない!」
僕とヴェルダンは背を合わせて応戦するが、数は減らない。
その時、大樹の幹が深く裂け、そこからゆっくりと人影が歩み出た。
長い斑色の髪を揺らし、十五歳ほどの少女の姿。右目から黒色の憎悪の炎を漏らし、斑色の髪の毛をしている。
「……女……?」
ヴェルダンが息を呑んだ。
「斑のチュロシュ」
少女は静かに名を告げ、柔らかく微笑んだ。
「ご主人様の命を受け、根を護る者。……でも」
視線が僕に移り、優しげに細められる。
「あなたは違う。……大丈夫。怖がらなくてもいいわ。私が守ってあげる」
母のような声色に、思わず心臓が跳ねた。
「エイル、惑わされるな!」
父の怒声が飛ぶ。ロドルフは剣を構え、チュロシュに斬りかかった。
チュロシュは一歩退き、片手を掲げる。瞬間、彼女が見た武器や鎧が次々と菓子に変わっていく。騎士の剣がキャラメルに、盾がビスケットに。
「なっ……!」
父は即座に剣を放り、腰の短剣で体勢を立て直した。
「お菓子に……武器を……」
僕は目を見開く。これが幹部級の力。
チュロシュはなおも微笑み、僕にだけは柔らかい声で告げた。
「エイル……あなたは私と一緒にいればいいの。戦う必要なんてない」
「僕は……!」
心が揺れそうになる。だが父の声が現実へ引き戻す。
「エイル! 剣を握れ! お前は俺の息子だろう!」
「……うん!」
白き炎を剣に宿し、僕は父とヴェルダンの隣に並ぶ。
斑のチュロシュは微笑んだまま、黒い炎の右目で僕を見つめていた。
「ならば見せてもらうわ。あなたたちの“守る力”を」
丘の上で、血の大樹を背に。
父と僕とヴェルダン、そして幹部級チュロシュ。
戦いの幕が開いた。




