第24話 影の正体
宴の夜が明け、村は久しぶりに穏やかな朝を迎えた。
鳥の声、炊き出しの匂い、子どもたちの笑い声――戦いの爪痕は残っているのに、人々の表情は晴れやかだった。
「エイル、ちょっと手伝って」
母さんの声に振り向く。家の前で洗濯物を干しながら、リーセを背負っている。
「うん!」
手伝いながら、改めて「日常」の温かさを噛みしめる。ほんの少し前まで、すべてを失いかけたのだ。
だが、胸の奥のざわめきは消えなかった。
夜に見えた赤黒い炎の影――あれはただの気のせいじゃない。
僕は剣を取り出し、柄に触れる。微かに震えていた。まるで何かを警告するように。
「エイル」
背後からヴェルダンが歩み寄ってきた。赤い瞳は鋭く、眠れなかったのだろう。
「昨夜の影、俺も見た。焚き火の炎じゃなかった」
「やっぱり……」
互いに視線を交わす。安堵の裏で、確実に何かが迫っている。
そのとき、村の入り口で騎士の叫び声が響いた。
「村の外で……不気味な木が……!」
僕とヴェルダンは顔を見合わせ、すぐさま駆け出した。
村のはずれに辿り着いた瞬間、息を呑む。
そこには一本の異様な木が立っていた。血のように赤黒い幹が空へ伸び、枝は枯れ果てた指のように広がっている。大地から滲むように赤黒い瘴気が溢れ出し、周囲の草花はしおれていた。
「……なんだ、これ」
思わず声が漏れる。
ただの木じゃない。脈動している。幹の中を血液のような液体が流れ、低い唸り声が聞こえた気がした。
「近づくな!」
ヴェルダンが槍を構え、僕の前に立った。
だがその瞬間、幹の裂け目から黒い影が滲み出し、獣の形を取って地を這い始めた。
「魔の者……!」
僕は剣を抜き、白き炎を宿す。影の獣は牙を剥き、赤黒い目をぎらつかせて飛びかかってきた。
「エイル、行くぞ!」
「うん!」
ヴェルダンの槍と僕の剣が同時に閃き、獣を斬り裂く。黒い霧となって消えたが、大地からは次々と影が湧き出してくる。
「くそっ、きりがない!」
ヴェルダンが歯を食いしばる。
僕も息を切らしながら剣を振るう。だが数は増える一方だった。
そのとき、赤黒い幹が呻くように揺れた。
「……血の大樹」
騎士の一人が震え声で呟いた。
「古い伝承にある……魔王の力が地に根を張ったとき、現れる呪いの樹だ……」
「魔王……!」
胸が冷たくなる。
黒騎士も魔女も、この影に導かれていたのか――?
白き炎を握る手が震える。だが逃げるわけにはいかなかった。
「ヴェルダン……僕らで止めるしかない!」
「……ああ。父を越えたんだ。今度は世界そのものと戦う番だ」
赤い瞳と白き炎が交わる。
血の大樹は、まだ静かに脈動していた。




