第21話 偽りの愛
広場を覆う霧は濃く、冷たく、甘い。
息を吸うたびに胸がざわつき、頭がぼやけていく。
「エイル……」
その声に、僕の心臓が跳ねた。
霧の中から現れたのは母さんの姿だった。腕には妹のリーセが抱かれている。
「どうして……どうして私たちを置いていったの?」
「……母さん?」
僕は言葉を失った。二人はまだ村で生きているはずだ。それなのに、目の前で悲しそうに僕を責めていた。
「私たちはいつも待っていたのよ。なのに、あなたは危険な場所ばかり行って……」
母さんの瞳が涙で濡れ、リーセが小さな手で僕を拒むように振った。
胸が痛い。剣を握る手が震える。
「違う……僕は、守るために……!」
一方、ヴェルダンの前には父ダーグルの幻影が立っていた。
「ヴェルダン。お前の槍は弱い。家族を守るには足りん」
低く響く声が彼を試す。
「父を超えたつもりか? 所詮は赤子の意地にすぎん」
「くっ……!」
ヴェルダンは顔を歪め、槍の穂先が揺れる。
「ふふ……愛は甘美で脆いのよ」
グックルガムの声が広場に溶ける。
「母の責め、妹の拒絶、父の冷笑……それに耐えられるかしら?」
「やめろ……!」
僕は叫び、白き炎を剣に宿した。
炎が揺らめき、幻の母と妹が苦しげに泣き叫ぶ。胸が裂けるように痛い。それでも――振り払わなければ。
「母さんも、リーセも……僕を責めたりしない! これは幻だ!」
剣を振り抜くと、二人の姿は霧に溶けて消えていった。
「っ……!」
涙が滲んだけど、僕は剣を握り直した。
「ヴェルダン!」
僕が叫ぶと、彼は槍を振り上げた。
「俺は弱くない! 父さんと同じ血でも、俺は俺の意志で守る!」
赤い瞳が燃え、槍が幻影を貫いた。黒騎士の影は霧に散る。
広場に静寂が戻る。
けれど、グックルガムは楽しげに手を叩いた。
「壊れない……本当に面白い子たち」
その鳶色の瞳が妖しく輝く。
「なら、もっと深い愛を試してあげる。二人とも、壊れるまで」
赤い靴音が響き、霧がさらに濃く渦を巻いた。
次の幻が迫る気配に、僕とヴェルダンは再び構えを取った。




