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第2話 英雄の凱旋などない

 魔王を滅ぼした――その確かな手応えを胸に、俺は歩いていた。


 肩に感じるのは、勇者の外套。焼け焦げた布きれを手放すことができず、いつの間にか巻いていた。


 道中、誰とも出会わなかった。

 山も、谷も、街も、あまりに静かすぎて。

 まるで“英雄の凱旋”など、最初からなかったかのような空気が漂っていた。


 そして数週間後――王都に何とかたどり着いた。


 高くそびえる白壁に守られたその城塞都市に、一歩、足を踏み入れた瞬間だった。


「……え? 一人?」


「まさか……冗談でしょ?」


 城門の前にいた兵士たちの視線が、俺の背後を覗き込む。

 誰もいないと分かると、その顔が不審と困惑に歪んでいった。


「おい、どういうことだ。魔王討伐の任務じゃなかったのか?」


「勇者様や、他のメンバーは……?」


 問いかけに、俺は口を開こうとした。だが喉の奥で何かがつっかかって声が出なかった。


 それでも声を絞り出した。


 ――誰も……帰ってこなかった。


 それを口にした瞬間、自分の中で何かが崩れそうだった。


 沈黙を肯定と取ったのか、兵士の顔色が変わる。


「……まさか、お前一人が生き残ったのか?」


 その言葉が、あっという間に広がった。


「ただの治癒士が? 一人で帰ってきた?」


「まさか、全滅……?」


「そんな……嘘だろ……勇者様が……?」


 噂は、風より速く走った。

 “魔王討伐の唯一の生還者が治癒士だった”

 その異様な事実だけが、独り歩きしていく。




 ******





 聞こえる。全部聞こえる。

 俺が歩くたびに、まるで音が波紋のように人々の耳へと広がっていく。


「魔王討伐で生き残ったのが治癒士一人って、どういうこと……?」


「本当に倒したのか? 魔王……」


「ありえないだろ。あのメンバーで……生き残ったのが“あいつ”だけ?」


 声が、俺の足元を切り裂いていく。

 疑い、困惑、恐れ、そして――悪意。


 いつの間にか、俺は王都の人間たちの目にとって「不自然な存在」になっていた。


 報告のために王宮に向かった。

 いや、向かわされたという方が正しいか。

 剣を持った兵に囲まれ、まるで犯罪者のように導かれていった。


 玉座の間。

 王が静かに俺を見下ろす。


「……魔王は、倒されたのだな?」


「……ああ、間違いなく」


「生き残ったのは、お前一人と?」


「そうだ。エリクも、サラも、リュカも、フィーネも……みんな、最後まで戦って……死んだ」


 喉が詰まる。言葉にするだけで、胸の奥が崩れていきそうになる。


「その証拠は?」


 ……証拠?


「……証拠なんて……魔王は、俺の“創造”の反転術式で存在ごと消滅した。残るものなんて、何もない」


 その言葉を口にした瞬間、空気が変わった。


「“創造”を反転して“破壊”したと?」


「そんな魔法……理論上存在するとしても、実行できる者などいないはずだ」


「まさか、“魔王側”の技術を手に入れたのでは……?」


「いや、そもそも最初から通じていたのではないか?」


「仲間を売って、自分だけ助かろうとした裏切り者……!」


 一気に、突き刺さってきた。

 目の前に立つのは、俺を「王国を救った英雄」として迎える人間じゃない。

 俺を裁こうとしている、誰かだ。


「黙れ……」


 喉からしぼり出すように言った。

「黙れ」と言いたかったのに、声はあまりに弱々しかった。


「エリクは……勇者は、俺に託したんだ……!」


 俺は必死に訴える。彼の思いを無駄にしないために。


「俺の魔法を、信じてくれた……! 最後の力まで預けて……! それで、俺は……!」


 拳が震える。

 この手で、最後まで治そうとした。

 命を、癒そうとした。届かなかった。全員、助けられなかった。


「なのに、お前らは……!」


 気づけば叫んでいた。怒鳴っていた。

 でも、その声は誰の胸にも届かない。

 玉座の王は、目を伏せたまま、静かに命じた。


「――レオン=ヴェステル。お前を王都より追放する」


「理由は、お前の語る“創造”の魔法が危険すぎること、そして……仲間たちの死を巡る不審の数々」



 そして最後に一言絶望の一言が告げられた。


「もはや、お前の存在は、王都にとって脅威だ」


 まるで、それが当然だと言わんばかりだった。


「…………」


 何も、返せなかった。


 あんなにも信じて、戦って、すべてを賭けて――たどり着いたのが、これだ。


 追放は翌朝に執行された。


 誰も、見送りには来なかった。

 通りには人がいた。だが、皆、俺を見ようとしなかった。

 目を背け、口元を隠し、ひそひそと――まるで、死神でも通ったかのように。


「魔王に寝返ったって噂、ほんと?」


「まあ、仲間全員死んで自分だけしかも治癒士だけが無事とか、不自然だよね……」


「本当に英雄だったら、仲間を救えてたんじゃない?」


 胸が、抉られる。


 剣が突き刺さるよりも、何倍も深く、痛く、苦しい。


 エリクの言葉が、蘇る。

『後は、頼んだぞ、レオン』


 頼まれた。

 なのに……これが、俺の“後”だったのかよ。


 王都の門を出て、外の空気を吸った瞬間、崩れるように膝をついた。

 もう、立っているのもしんどかった。


「はは……なんだよ……」


 誰もいない地面に向かって、笑った。


「これが……英雄の末路か」


 握りしめた勇者の外套だけが、今の俺にとって“本当に信じてくれたもの”の名残だった。


 涙は出なかった。

 もう枯れていたのかもしれない。


 それでも、胸の奥で何かが叫んでいた。


「癒せなかった……救えなかった……それでも、俺は……!」


 声は、風にかき消された。


 誰も聞いていない。

 俺一人しか、生き残っていないからだ。


 だけど、それでも。


 ――まだ、生きている。

 そのことだけが、唯一の事実だった。

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