第1話 魔王討伐、生き残りは治癒士一人
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焦土と化した大地の中心で、レオンは膝をついていた。
手には、血で濡れた勇者の肩を支えながら。
「レオン……聞こえるか……?」
声が震えていた。かすれたその声は、もはや限界を迎えている。
「お前だけが……最後まで、生き残った……んだな……」
「言うな、喋るな……! まだ、癒せる……!」
レオンの手から治癒魔法が迸る。黄金の光が、勇者の体を包む。
だが、内臓は破裂し、神経は千切れ、魂すらもう崩れかけていた。
……もう、戻らない。レオンは、それを知っていた。
「俺は……いい。もう、十分だ……。自分の体は自分がいちばんわかってる。だから――」
勇者が、かすかに微笑む。
「――お前の“創造”で、終わらせろ。俺の命を……使え」
「……なに言ってる……!」
「“創造”は、命を創るだけじゃないだろ。……逆に、創られた理を壊せる……」
「それは……禁忌だ。俺がそれをやれば、もう――」
「もう、俺たちは死んでる。お前だけが、生き残ったんだ。なら、託させてくれ。俺の命を、魔王を砕く刃に――」
レオンは、歯を食いしばった。
癒しの力の極致、“創造”。
本来は、命を紡ぎ、失われた肉体を“作り直す”治癒魔法の神域。
だが――それを逆転させた先にあるのは、“破壊”。
あらゆる構造を壊す、創造の反動。
それは、対象の“存在の理”そのものを打ち砕く魔法。
そして、それを放つには――同等の“命の供犠”が必要だった。
勇者の命。世界を導いた光。仲間たちの支柱。
その命を、代償として捧げる。
目の前の魔王は今でさえ、先程の勇者との激突によりお互いに爆破し、吹っ飛ばされ、力を消耗してはいるものの、いずれすぐに再生してしまう。
他でもない"今"このタイミングでもう一押しが必要だった。
レオンは、震える手で彼の額に触れた。
「……わかったよ。託されたからには、最後までやり抜く」
勇者は、うっすらと笑った。
「ありがとう、レオン。……みんな、お前を信じてた……」
そして――その目が、静かに閉じられる。
レオンの掌に、白く輝く魔法陣が浮かぶ。
それは癒しでも再生でもない。存在のすべてを分解する、神すら恐れた“終焉の魔法”。
「――創造、反転構築・【終滅】」
レオンが掌を突き出した瞬間、大気が震え、空が裂けた。
立ち上がろうとしていた目の前の魔王――全身に禍々しい魔力をまとった黒き王が、何かを感じ取ったように目を見開いた。
「――貴様、その力は……!」
その言葉が終わるより早く、光と闇の粒子が魔王の体に吸い込まれる。
骨も肉も魔力も、すべてが“存在”としての情報ごと――破壊された。
まるで初めから、世界に存在しなかったかのように。
魔王は、粒子となって、すみのように消えていった。
戦場に沈黙が流れた。
……戦いは、終わった。
レオンは、拳を地に突き、うずくまる。
辺りには、誰もいない。
仲間の気配は、どこにもなかった。
ただ、焼け焦げた剣。砕けた盾。血に染まった布――彼らの残骸だけが、レオンの周りに転がっている。
「……っ……!」
体が、勝手に震えた。止まらない。
「俺が……治癒士で……癒すことが……使命だった俺が……!」
癒せなかった。守れなかった。
勇者も、剣士も、魔導士も、仲間たちは誰一人戻ってこない。
治癒士なのに。
自分が癒せなければ誰が癒すのか。
拳を握りしめたまま、涙が止まらなかった。
「……エリク……サラ……リュカ……フィーネ……」
声に出すたびに、胸が裂けそうになる。
「……エリク……最後まで、剣を握ってたなお前は……」
「……サラ……あのバカみたいな火力、また見せてくれよ……」
「リュカ……俺の横でずっと守ってくれてたな……ありがとう……」
「……フィーネ……お前の治癒があったから、ここまで来れた……」
仲間一人一人への想いを呟いて。
「……みんな……ごめん……でも……」
深く、深く、顔を伏せながら――
「……俺……やったよ……最後まで、やったからな…………」
風が吹いた。空は、もう晴れ始めていた。
世界は救われた。だが、誰もそれを知らない。
この戦いの果てに、ただ一人、レオンだけが立っていた。
これは、英雄を支えた“治癒士”の物語ではない。
すべてを癒し、すべてを壊し、すべてを背負った男の――本当の物語の始まりである。
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