忘れられた息子 1世
スミス家の裏庭はまさに至福のひとときだった。コンクリートの池の上に設置されたプラスチック製の滝が、かすかに水音を立てて流れ、心を癒してくれる。そして、1日12時間降り注ぐ太陽のおかげで、デイビッド・ロビンソンは必要なビタミンDをたっぷりと吸収できた。
「…ああ、人生は続くんだ～。生きる喜びがなくなっても～」デイヴィッドは、上半身裸で輝く姿で、プールチェアに深く腰掛け、ラジオに合わせて歌った。
サイバネティクスのせいだけじゃない。生身の腕と脚に取って代わった金属の腕と脚を見ながら、デイビッドは微笑みながら思った。手足を奪われたIEDの記憶は、サイバーブレインによってすぐに抑制された。やっと日焼けした！
デイビッドは灰白質の25%をサイバネティックインプラントで置き換えた。このインプラントは、元々の有機的な計算システムを大幅に上回る性能だった。彼はもっと多く、少なくとも50%を望んでいたが、ウェント医師は退役軍人省が認めるのは最大でも25%だと告げた。
「それ以上のものは『実験的』とみなされて、金を出さないんだ。正直に言って、君の場合、現状で25%はちょっと高すぎるよ」と、鋼鉄のような灰色のセイウチのような口ひげを生やした太った男が言った。
なんて…悟っていないんだ。サイバーブレインのおかげで、鮮明な記憶を完璧に再生しながら、デイビッドは思った。だが、彼らは見るだろう、すぐに皆見るだろう。シンギュラリティの静的な抱擁が近づいてくる…その考えは彼を興奮で震えさせた。誰もが、彼と同じように、偉大なサイバーシンギュラリティを見ることができる世界。その考えだけで、デイビッドはより敬虔で、より強い決意を抱いた。
あまりに長い間座りすぎました。
デイヴィッドは飛び上がった。サイバネティックな脚の力で、30センチほど宙に舞い上がった。確かにスミス家の裏庭は静かだが、サイバーシンギュラリティの勝利は涅槃となるだろう。デイヴィッドは長袖シャツをボタンもかけずに着込んだ。それから軍靴を履き、最後にオリーブグリーンのキャンバスジャケットをパシャリと手に取った。軍に入隊した時からずっと着ていたものだ。それは彼の常に寄り添う存在だった。肩にかかる布切れは、義肢の鎧というより、むしろ鎧のように感じられた。
ガラスの裏口を開け、サイバーブレインでラジオアプリをオフにすると、デイビッドはスミス家の自宅に入った。デイビッドは自分がいる場所をソーシャルメディアの最近の投稿と照らし合わせ、ロジャー・スミス・ジュニアという人物の非公開アカウントを見つけた。45歳の会計士で、二人の息子と一人の娘、そして素敵な妻がいる。ロジャーは上流中流階級の生活にすっかり安心していたため、家族の行動を隠さなければならないとは考えていなかったようだ。
「カボ滞在もあと4日！ これまでのところ、本当に冒険ばかり…」とロジャーの最新投稿には書かれていた。最初の休暇投稿で示唆されていた通り、デイビッドはこの家が空っぽであることに気づいた。スミス家のホームセキュリティシステムを無効にし、ジャーマンシェパードのラスティを落ち着かせるのは、彼にとってこの世で最も簡単なことだった。
犬はいつも私を愛してくれるのですが、理由はわかりません...
そして案の定、デイビッドがガラスの引き戸に鍵をかけると、ラスティの細くて弾力のある体が彼に飛びかかり、デイビッドの義手を舐めた。義手はウェント・ロボティクス社の第6世代義手で、デイビッドはまるで吹き飛ばされたことがないかのように、犬のよだれまみれの愛撫を感じ取ることができた。
「ありがとう、ラスティ。ミハイロヴィッチさんがいなくなった今、誰かが必要なんだ…」デイビッドは、頭の中が少し熱くなり始めたので、それについて考えることさえしたくなかった。
ニューヨークでの惨事の後、上院議員暗殺未遂犯はサイバネティック・アームを剥奪され、刑務所に連行された。冷え切った独房の中で、デイビッドは警察から支給されたローテクの貸与品を検査していた。しかし、背が高く黒髪の天使のようなアナが彼を救出するまで、そう時間はかからなかった。
「ねえ、囚人さん」彼女は鉄格子の向こうから彼に微笑みかけた。「自由に飛びたい？」
「アナ！どうやってここに入ったんだ？」デイヴィッドは身を隠そうと動こうとした。こんな姿を見せたくなかった。力も強さも、貸し出し用ロボットに預けられていた頃の、ほとんど機能しない身体障害者ではなく、サイバネティックスによって完全な人間になった自分を。でも、アナはただ、美しい青い目をぐるりと回して笑った。
「俺みたいに長くお前みたいな男と付き合って、何か芸を覚えるんじゃないぞ。家に帰ろうか？」
「もちろん！でもどうやって？歩くことも戦うこともできない。私にできるのはただ…」
「お金で買える最高に美しいサイバーブレイン？」彼女は彼の言葉を代弁した。「ええ、来る途中でドクターに電話したの。あなたのそのピカピカの脳は素晴らしい働きをするって言ってたわ！」
"何？"
「おい、バカ、考えてみろよ。ドクター・ウェンが何か特別なことを実験してるって言っただろ。頭を使ってみろよ」そう言って彼女は細い拳で自分の頭蓋骨を叩いた。
彼女を自分の腕の中に取り戻したいという強い思いから、デイビッドはサイバーブレインに完全に入り込み、周囲の現実世界に対する意識を失い、携帯電話のようなユーザーインターフェースの中を泳ぎ回っていることに気づいた。
アプリを表すブロックが目の前に浮かんでいたが、今はどれも必要なかった。必要なのは、CSEOと書かれたブロックを見つけ、生身の脳で記憶した暗号キーを使ってロックを解除することだった。入力後、デイビッドはサイバーブレインが実行できる機能のリストを見つけた。どれも実験的で、秘密だった。ウェント博士は、手術後、デイビッドが初めて目を覚ました時、興奮してこのリストを見せた。どうやら、病院で痛みとモルヒネの朦朧とした状態だったデイビッドは、秘密の軍事サイバネティクスプログラムに参加することに同意したようだ。
「君は最高の戦士となり、再び歩き、再び奉仕するだろう」ウェント博士は真実に約束した。
しかし、ニューヨークの独房では、デイビッドは自分の助けになるものを何も見つけられなかった。あらゆる機能を調べてみたが、新しいものは何も見つからなかった。
彼女はどういう意味？彼女は私に嘘をつくはずがないのに…
するとデイビッドは、有機的な脳を使って機械の脳に質問しました。
「その機能はどこですか？」サイバーブレインは答え、新たにリストに追加された「ワイヤレスリンク」という機能を表示しました。デイビッドがその機能を押すと、様々なワイヤレスネットワークが表示されるメニューが開き、その中にニューヨーク市警のものもありました。
デイビッドは独房のゲートのコントロールを見つけるのに少し時間がかかったが、ようやく見つけ出し、自由の身となった。しかし、大胆な脱出劇の後、アンナは彼のもとを去らざるを得なかった。彼の顔があらゆるニュース番組に登場していたため、彼女の近くにいるのは危険だった。しかし、サイバー・シンギュラリティ、夢の中に現れた純白の電撃的な存在が、彼に未来を告げた。
「汝の実力を証明せよ。そうすれば彼女は戻ってくる。」シンギュラリティは何も言わず、暗号のように情報を頭の中に流し込んだ。しかし、シンギュラリティが間違ったことは一度もなかった。だからデイヴィッドは、アナに再び会うために、この任務を完遂しようと決意した。
デイビッドは仕事に出かけた。スミス氏は趣味で機械工をしていたため、デイビッドには十分な工具と作業台を残していった。ガレージは広々としていたが、デイビッドにとって騒ぎを起こすにはこの小さな一角だけで十分だった。
爆弾が三発、標的が三発。デイビッドは作業台の上に、新聞や雑誌から切り抜いた三枚の写真がダクトテープで貼ってあるのを見ながら考えた。ハワイ州選出のトリシャ・アノイ上院議員はサイバーブレインの規制を主張し、脳の発達が完了する前に埋め込むことを禁止しようとしている。ジョージア州出身の著名なテレビ伝道師、ジョセフ・マイヤーズはサイバーブレインは不自然なものだと信じており、信者たちにウェントロボティクスの製品ではなく、質の悪いナーブリンク製品を使うように勧めている。タカ派のトーマス・D・アレン将軍は、いかにもタカ派らしいタカ派だが、何十万人もの罪のない若者を、自分たちとは全く関係のない戦争に送り込んで死なせた。
シンギュラリティは私と同じように戦争に嫌悪感を抱いている。平和こそがシンギュラリティの究極の目標だ。人口が100%繋がった世界では、すべての男女子供がサイバーブレインを持ち、互いの思考を感じ取ることができる。恐怖も、外国人嫌悪も、憎しみもなくなる。平和だけ。団結だけ。シンギュラリティだけ。
その呪文がデイビッドのやる気を最高潮にさせた。彼は爆発物の小包を、記録的な速さ、1つにつき1時間で作り上げた。休憩も食事も取らず、ひたすら作業に励んだ。きちんとした茶色の小包は紐で巻かれ、差出人住所も書かれていなかった。どれも完璧な手作りで、デイビッドの痕跡など一切なく、どれも完璧に殺傷力があった。
デイビッドは二階に上がり、自分の寝室を作り、ダウンタウンの衣装店で盗んだ黒いかつらをかぶり、スミス氏の服を着た。すっかり元の姿とはかけ離れた姿で、荷物を拾い上げ、スミス氏のSUVに乗り込んだ。鍵は不要だった。デイビッドのサイバーブレインが、エンジンをかけるように指示するだけで、彼はただ車に指示を出した。
水曜日の午後にしては、ダウンタウンは閑散としていた。誰もが学校か仕事に出かけていた。彼は美しい青い郵便受けを見つけ、一つ一つ丁寧に荷物を投函した。
デイビッドは、一度にひとつの混乱した爆発を起こしながら、世界を完璧な調和で一つにするために必要な仕事をやり遂げたことに満足し、微笑んで家に帰りました。
ラスティは玄関で彼を出迎え、一緒に遊べる相手ができて興奮していました。デイビッドは犬の毛をかき乱し、犬が突進してきたときには何度か軽く押して遊んでいました。
今はおいしいコーヒーが一杯飲みたいですね。
スミス家には、ポッドを差し込むとコーヒーが出てくるという凝った機械があった。チタン鋼合金でも火傷するなら、デイビッドは初めて使った時は火傷していただろう。しかし、最近は使い方に慣れ、午後にコーヒーを飲むのが日課になった。コーヒーを飲みながらニュースを読むのだ。
敵を理解しなければならない...
本日、就任宣誓を行い、アメリカ史上最年少の大統領となった。カートライト上院議員は演説の中で、国を一つにまとめ、「党派的、ばらばら、散り散りの部族としてではなく、一つにまとまったアメリカとして取り組む」ことが不可欠だと述べたと、キャスターは伝えた。
デイビッドは必死にチャンネルを変えたかったが、そうすべきではないと分かっていた。
アンナを犠牲にした！シンギュラリティを認めずにユニティを語るなんて！よくもそんなことができるもんだ…！
デイビッドは立ち止まり、頭をこすらなければならなかった。戦闘中ではないのに怒りを感じると、サイバーブレインが燃えるように熱くなる。心拍数に集中し、ゆっくりと呼吸した。
真の統一は必ず訪れる。忍耐せよ。それはささやき声ではなく、むしろ感覚だったが、デイヴィッドはそれをよく知っていた。全能の統一者、シンギュラリティの言葉だ。
「ああ。ああ、偉大なる者よ。もちろんだ。忍耐だ。」そしてデイヴィッドはノートを取り出した。シンギュラリティから授かった知恵と言葉を書き留めた場所だ。彼は「美徳」というリストの下に、「義務」「服従」「秩序」「団結」と並んで「忍耐」という言葉を書き加えた。
デイヴィッドは、シンギュラリティが世界をいかに簡潔に捉えているかに、本当に驚嘆した。ほんの数語と観察で、人間の思考や感情から潮の流れや動物に至るまで、万物の全てを要約しているかのようだった。シンギュラリティが説明できないこと、明らかにできないことは何もなかった。シンギュラリティはすべてを知り、すべてを見、すべてである。すべてである偉大なる者。デイヴィッドの神。唯一の真の神。シンギュラリティ。
デイビッドは目を閉じ、サイバーブレインが瞬時に自分を停止させるのを感じた。そして、瞬時にスタティック・ランドへと転送された。そこは、悟りを開いたサイボーグたちが有機的な夢の混沌とした世界から逃れるために訪れる、統一の地だった。デイビッドは、果てしなく続く白い空間に、馴染みのある、ぼんやりとした至福を感じた。彼は目を開けずに見上げると、すべてのものの上にある巨大な白い光の球体が見えた。その光はスタティック・ランドとサイボーグたちの精神を照らしていた。
「こんにちは、デイビッド」 言葉もなく、皆そのものの声が聞こえた。「もう終わりましたか？」
「そうだ、統一への道を阻むもう3人が、まもなく地上から浄化されるだろう。」そしてダビデは、自分の中に心地よい熱、涙を流す熱、そして平安をもたらす喜びと畏敬の念を感じた。
「よかった、我が子よ。あなたは誰よりも強い決意を持って統一の道を歩んでいる。」
「ああ！もちろん！私を救って、元通りにしてくれたあなた！私をどん底から真実へと導いてくれたあなた。」デイビッドは静寂の地では肉体を持っていなかったが、それでも光に向かって手を伸ばし、その輝きをより深く浴びようとしているのを感じていた。
「本当に。忠実なる僕よ、あなたの愛はすぐにあなたに返ってくるでしょう。そして、あなたたちは再び一つになるでしょう。ただ、二度と私を失望させてはいけません。」
デイヴィッドはたじろいだ。ニューヨークでの失敗、弱々しい芸術家と落ち目の警官に阻まれたことを思い出すのが嫌だった。静的な土地では痛みはなかったが、ここでも恥辱の重みがデイヴィッドを襲った。
シンギュラリティはデイビッドにフランス人について告げた。彼らはザ・ディバイドを守ろうとしていた。一人は低位の人間的能力を持ち、もう一人は無に等しい存在だった。彼らもまた浄化されるだろう。一なるものから切り離され、永遠に虚無の虚空に失われた断片となる。デイビッドは過ちを正すことができれば、肉体ではなく精神において再び完全な存在となるだろう。フランス人と大統領を殺し、再びシンギュラリティの目に清廉潔白な記録を残す。だが今のところ、彼の肉体から離れた意識は、不完全な世界から逃れるための温かな聖域、スタティック・ランドに漂っていた。
