閑話 メイド長の心労-奥様が来たとき-
今日は旦那様の伴侶、つまり奥様となるお方がいらっしゃる日だ。
伯爵令嬢のラナ様。
私のネットワークに入ってきた情報はけして多いとは言えず、リサ一チ不足ではあるものの、すばらしい令嬢らしい。
手に入った情報によると、誰にでも優しく親切、少し天然なところが可愛らしく、磨けば光る宝石の原石とのこと。
あの堅物女嫌いの...失礼、異性に対する関心が薄い目那様を一目ぼれさせたという笑顔の持ち主だ。
身分や年齢の差から見ると、ラナ様の立場は弱いと言わざるを得ないが、女と見れば誰彼かまわず距離を置いていた旦那様には彼女以外いないだろう。
だが、待女をつけるという誘いを断わった点は気になる。過度に遠慮しているのか、それとも公爵家を警戒しているのか。
まぁどちらでも良い。私の仕事は旦那様に仕えること。
そして、ラナ様が旦那様を裏切らない限り、誠意をもってお支えすることなのだから。
屋敷の前に馬車がとまった。旦那様のお帰りには早すぎるから、あれはラナ様をのせた馬車で間違いないだろう。
そう考えていると、馬車の中から1人の女性が出てきた。
ん?
1人?
まさかラナ様は待女を連れていらっしゃらないのだろうか。
あぁ、こんなことを考えている場合ではない。使用人たちをあつめてお迎えせねば...。
数分後、屋敷の中に入ったラナ様はやはりお1人だった。正確に言うと我が家の御者が一緒にいるが。
ちなみに彼、敏腕のスパイでもある。今はそんなことどうでもいいけど。
バレないように指先で後ろの使用人たちへ合図を出し、使用人一同、ぴったりそろった美しい姿勢で礼をした。
顔をあげると、ポカンとした顔のラナ様がいる。
...なぜ。使用人の多さに戸惑うならばわかる。
でもあの表情は「なんで私、こんなに歓迎されているの?」だ。問違いない。
困惑の表情が出そうになったとき、近くに寄ってきた御者が耳打ちをした。
「実はラナ様は自分の立場をメイドだと勘違いしていらっしゃいます」と。
これ以上なくわかりやすい説明だったのに脳が理解を拒む。そんなはずないと声を大にして言いたい。
でもそんなことできるわけもなく...仕方がないから使用人たちに別室にあつまるよう指示を出した。
どうやらラナ様の天然は想像以上だったらしい。
これは大変なことになりそうだ。この後どうしよう、と頭をフル回転させながらラナ様を部屋へ案内した。