第23話 いや、大甘ですよ?
人目が無いからかもしれないが、桃未は恥じらいもないくらい大口を開けて俺からの施しを待っている。
ここで変にいたずらしても何の得も無いので、俺は無言を貫いてたこ焼きを桃未の口に運んだ。
たこ焼きは熱々のままだが特に何か出来るでもないし問題無いはず。
「んあ~……!? ふあっ!! あぅっあぅぅぅ!!! 痛い、熱痛いよ、悠真くん!!」
「そりゃあ熱々なわけだし」
「はひぃっ、ひーひーはひー! 舌、あたしの舌が熱すぎてとけちゃうよぉぉ」
そんなアホなことが起きるわけ無いだろ。
どうせいつものような大げさなアピールだろ……などと静観していたら、すぐ目の前に桃未の顔が迫ってきた。
「ゆ、悠真……いじわる悠真! 見て、あたしの舌!! 絶対絶対、真っ赤になってるんだってば!」
「そりゃあ舌は大体赤い――」
「――よく見ろ~! いつもは健康的なピンク色なんだぞ~!」
「…………って言われても」
んべっ。と、目の前の桃未が首を伸ばしながら自分の舌を出している。舌をよくよく見ると、やけどをした時みたいにやや赤っぽい。
「悠真くん。あたしの舌を冷ましておくれ~」
舌を出して何を言うかと思えば……。
「え、どうやって……?」
「どうってって、もちろん悠真くんの舌をあたしの舌にくっつけ――」
「アホか!! 無理に決まってるだろ!」
何をどう間違ったらそんな発想になるんだ。
俺がそんなこと出来るわけないというのに。そうかといってこのまま放置すると、間違いなく変な方向にエスカレートしそうだな。
「悠真く~ん? 桃未さん、そろそろ舌が痺れてくるよ~。まだ~?」
「だ、黙ってこのまま目を閉じて待っててくれよ」
「え? それは期待していいやつぅ?」
「とにかくすぐだから!」
この場にひと気は無いが、誰かしら迷い込んで来てもおかしくない。その前に桃未の舌に何かしてやらないと。
俺は速攻で近くの屋台へ急いで舌を冷やしそうなものを買った。
「悠真くーん! 悠真くん? そ、そろそろ目を開けてもいいかい?」
「そ、そのまま大人しくしろよ? 舌を冷やしてやるから」
「と、とうとう!? あぁ、悠真くんと禁断の……甘ぁっ!? 悠真くんの舌ってそんなに甘かったっけ?」
何言ってんだか。
「し、しかも溶ける、溶けていくよ!? このままじゃ悠真くんごと溶けて消えちゃうよ~!!」
「そんなわけないだろ。というか、目を開けていいよ」
俺の言葉を聞いて、俺と距離があることに気づいたのか桃未は勢いよく目を開けた。
「わ、わたあめ~? 悠真くんの舌じゃなかったのかぁ……って、あたしの舌の上にわたあめを乗せないでよぉ~」
「俺なりの優しさだ」
「嘘だぁ~!!」
「いや、俺としてはかなり大甘だぞ? 意地悪しようと思えばいくらでも出来たんだからな」
ふわふわな桃未にはぴったりなお菓子だし。
「むぅぅ……はぁぁぁ。悠真くんってば、あたしに対していつまでもそういう扱いなのかい?」
「な、何が?」
「お姉さんとしか思わせなかったのはあたしのせいなんだけどさ」
桃未は俺の顔を見ながら、何度も落ち込んでは顔を上げる動きを繰り返している。どうやら舌の上に甘いわたあめを乗せられたことで、一人で反省することがあったらしいが。
しかし何か心境に変化が生じたのか、自分の中で俺に対する気持ちを整理しているような感じだ。
何度か俺をちらちらと気にかけた様子を見せていたが、何か決心がついたのかその後はただひたすら黙り込んでしまった。
「も、桃未? 俺、何かしたかな?」
「……ん~ん。悠真くんはちっとも悪くない」
「それならいいんだけど、でも俺は――その」
「言うでない!! 悠真くんは悠真くんなのだから!」
心配そうに桃未の顔をのぞき込む俺の様子にハッとなったのか、俺が何かを言う前にすぐにいつもの桃未に戻っていた。
わたあめ以外に何か方法でもあっただろうか。俺としては十分すぎるほど甘かったと思うが。
「うん……悠真くんを変えないと駄目なんだな、きっと」
「ん?」
「いつまでもお姉さんじゃ駄目なんだ、うんうん……うぉぉぉし! 桃未さんは本気出す! 明日から本気出すよ!!」
何やら悩んでいたらしいが、問題は解決したらしく桃未は一人で拳を空に向かって突き上げて気合いを入れまくっている。
「悠真くん、悠真くん悠真くん」
「一回言えば分かる。何?」
「ノンノンノン! 独り言だから気にするでない! 悠真くん悠真くん悠真くん……」
何かの暗号か?
これ以上突っ込んでも正解は返ってこなさそうだし、放置しとこう。
「変わる、変わっちゃうんだからね? 待ってろ、悠真……くん」




