表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
匣の街  作者: Mr.Y
9/55

游と拝屋礼

 手帳の話の前に質問ですか? 僕としてはこのまま話す方がいいのですが。まぁ、時間はたっぷりあるということなのでお話しましょう。

 小学校から中学校まで夜の住人の観察を続ける他は話すことはとりわけありません。普通に学校に行って授業を……はい。科目は国語算数理科社会です。中学からは算数が数学になるくらいで、あとは体育や保健体育、課外授業などもありました。修学旅行? それは僕が小学生の頃、廃止になりました。修学旅行はたしか八ヶ谷峠の神社参拝だったと思います。けれど、来るべきときに必要な建物を再建築中とのことで、数年前から修繕工事が続いており、行っても仕方ないということでした。それと友人ですか? あまりいませんでしたね。学校では孤立していました。勇や翔のような友人がいたら色々、調べるのも楽だったでしょう。夜の住人や夕方に聴こえる町内放送の出処とかね。結局、僕は取り残された気持ちのまま学校生活を送っていました。同級生たちは成長期を向かえ、どんどん成長してゆくのに僕はこのままでしたから。

 それがわからない? 君は身長も体重も一般的な高校生だろう、と?

 もしかして、△市では第三成長期は起こらないのですか? 性差が出てくる第二成長期、個性差が出てくる第三成長期、そして、■■■に至る第四成長期……どうしたんですか? 顔色が悪いですよ? そういうわけで僕は第二成長期止まりの未発達な人間です。あなたたちと同じね。

 まぁとにかく、いまは手帳の話でもしましょうか。いずれ第三成長期をむかえた同級生たちのことも話せる機会がありますから。


 では手帳の話に戻ります。

 手帳はところどころ水を含んでいた名残りでぼこぼこになり、ペンの筆跡はかすみ、切れているところもありました。特に読みたかった日記部分は泥に浸されていた部分なのですべてを読むことはできなせん。

 スケジュール欄にがびっしりとメモ書き書かれていましたが、「○月✕日、何処そこで待合せ」「誰それにAM7、会う」「ショッピングモール二階にて占い。ショバ代二割」などの仕事上のメモで、そのほとんどは第三者にはわからないものでした。でも本人にとっては重要な手帳なのでしょう。万が一、落としても拾った人に連絡して欲しいのか、裏表紙に名前と住所、電話番号が書いてありました。

 そしてページの後ろは日記になっていました。

 川の泥に浸かっていたのがそのページ後方だったので読めたものではありませんでしたが、読めるところを読んでみると、△駅という場所から▽駅に着いたとありました。

 はい。▽町の▽駅はO駅との往復のみです。そこから八ヶ谷峠へのバスが出ています。それにしても△駅なんて初めて聞きました。そんなところ通るはずがないのです。僕は当初、△駅は霧の向こうの外界から来たという意味に捉えていましたが、読み進めていくうちにそれは間違いだということに気づきました。彼らは△市という街……つまり▽町とは違う異世界からきたように書かれていました。その△市にある△駅と▽駅が異世界と繋がっているということらしいのです。そして、拝屋さんともうひとりの男(拝屋さんにとって馴染みのない方なのか、その男は始終『彼』と書かれていました)、『彼』はここの大気にも光にも馴染めず異形の姿で亡くなったと。そしてこの▽町は周囲をミシャクジと呼ばれるなにか巨大なものに包み込まれ▽町の外には出ることができないと……まるでできの悪い小説か、狂人の話を読んでいるようでした。正直「このひとは大丈夫なのだろうか?」と頭を捻るくらいでしたよ。ですが、たしかに▽町から外へは出ることはできませんし、文章は整っており理知的なものを感じさせます。ただのでたらめではない一抹の真実もありそうでした。それにこの手帳の持ち主は久方さんのいっていた人物、拝屋樹と同じ『拝屋』という珍しい苗字なのです。

 ですから拝屋さんとお話をしようと思いました。なに、簡単ですよ。手帳に電話番号が書かれているのです。まずはそこに電話を掛けました。

 夕方で時間がよかったのかすぐ繋がりました。拝屋さんはスマートフォンなのでしょう。しかも人気のないところにいるようで、たまに夕風の凪ぐ音が受話器にはいる他はなにも周囲から聴こえませんでした。見覚えのない僕の家の電話番号です。少し疑っているのか少し間を置いてから「はい。拝屋礼(オガミヤ レイ)です」と慎重な声色の男の声が聴こえました。

「僕は犬飼游というものです。たまたま川沿いに落ちていたあなたのスケジュール手帳を拾いまして、お電話しました」

 僕は正直にいうと、拝屋さんはしばらくしてから「いや、私は手帳はなくしてない。人違いじゃないかな」という返答がかえってきました。

「いえ、確かに名前と住所と電話番号がありまして。川で拾いました」

 僕は手帳の詳細を話しました。手帳の色とかなにが書かれているとかをです。しばらくすると拝屋さんも「たしかに私の手帳に間違いないが……」と不思議がりました。

 僕の拾った手帳といま拝屋さんの持っている手帳とは同じものなのではないか、と思いました。そして五月に△駅から▽駅に来た話をしだすと拝屋さんは驚いているようでした。

「その手帳は私のものだ。しかし、そこに書いてある事象を私はまだ経験していない。第一、いまはまだ三月末のはずだ」

「たしかに……ですが、ここにこうして手帳はありますし、なぜ二ヶ月後のものを僕が持っているのでしょう」

「おんあびらうんけんばざらだとばん」

 突然、例の呪文が電話越しに聴こえました。しかも聞き覚えのある声……それはあの夜聞いた声でした。闇夜から這い出る不吉な物音のように僕の耳に響き、肌は粟立ち、頭が痛くなり、受話器を切りたくなりましたが、なんとか堪えました。

「……それは怪奇現象、心霊現象、あるいは妖怪、妖。今風にいえば怪異だ」

「なにがでしょう?」

 額から滲み出る汗を手の甲で拭きながら僕はいいました。

「いま起こっていることだよ。君の話では私は△駅から▽駅へいくのだな。だが私はいま聞いたことを忘れるだろう。そして五月に▽駅へひとりの男と共に行き、▽町でサバイバルをすることになる」

「なぜ忘れるんですか? それになんで五月に落とす手帳をいま僕は持っているんでしょう」

「なにかが起こったのだ。そのなにかは時空すら歪ませてしまったのかもしれない。いま起こっている現象は洪水時の河の端に起こるわずかな逆流のようなものだ。濁流のなかのささやかな混乱だろう。しかし流れは常に未来から過去に向かって流れる。やがて流れに逆らった水流は掻き消え、もとの流れに戻る」

 そのとき通話にノイズが入ってきました。まるで拝屋さんのいう通りもとの流れに戻ってきているような気もしました。つまりこの通話は本来起こらないものなのでしょう。

「まるで何度もみてきたようないい方だ」

「それはそうだろう。何世代にもわたって拝屋は怪異に対峙してきた。拝屋という苗字だって、もとは通り名がそのまま苗字になったのだろう。いまだって霊能者としてささやかながら活動して飯を食べている。だからそういう専門的な知識は持ち合わせている。それで? 私は助かるのか?」

「わかりません。結末のまえに手帳を落としたのでしょう」

「そうか。それで君は▽町に住んでいるというわけだ、が。あそこに人はいるのか……迷い込んだことはあるが……あそこは……」

 ノイズはひどくなる一方でした。ですから僕は知りたいことを早く訊かなくてはならないと焦りました。拝屋さんの話を遮り僕は訊きました。

久方沙汰(ヒサカタ サタ)というひとはご存知でしょうか? もしくは▽町を覆うミシャクジとはなにものなのでしょう?」

久方沙汰(ヒサカタ サタ)というひとは知らないな。未来の私といまの私とでは見解が違うかも知れないがミシャクジは長野県の諏訪地域の神様だ。旧い神様で由来もよくわからない謎の多い神様だ。ただ私の住むN県の一ノ宮、伊夜比子神社になぜか客人神として祀られている。それより、なぜ▽町にひとがいる? そこにひとは住めないはずだ。君は何者だ?」

 次から次へと僕の質問に応えてはくれますが、その言葉のほとんどを僕は知りませんでした。そして、なぜ拝屋さんが僕たち▽町の住人の存在を疑っているのかもわかりません。ただ知っていることを話ました。

「僕たち▽町の住人は拝屋樹(オガミヤ イツキ)……あなたの祖父によってここに移住したらしいです。しかし、それを僕が知ったのは久方さんの話によってです。子供たちには世界が滅び移住してきたと聞かされていました。▽町の外へは出ることができないのです」

 ただなにかしらの手段はあるはずだと思ってはいました。勇と翔はそうやって外へいったはずだから……いえ、そのとき僕は気づきました。外へいったのではなく。▽町の内へ潜った。つまりいま拝屋さんのいる△市へいったのではないか、と思いました。

「教団の人間か! なるほど……そこは異界の深淵へと続く大海の一角にある浅瀬みたいなものだ。何者か(未来の私がミシャクジと呼んだもの)、自然現象によって大海から区切られた浅瀬だ。淀んだ海水を湛えた浅瀬。そこは陸地と海の小さな生命が入り交じり合い、そのどちらでもあり、どちらでもない生命が生息している。ならば君たちはすでに人類ではないかもしれないな! なるほど、爺さんはそれで……父さんが敗れたのも納得が……」

 途切れ途切れだった通話もプツリと切れました。そして、また電話番号を入力しても機械音声でこの番号が使われてないというアナウンスが聞こえるだけでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ