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匣の街  作者: Mr.Y
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晶と闇

 物心ついた時から神様は私をみていた。

 それは本殿の天井にとどきそうなくらいの大きな老人だったり、廊下いっぱいに這いずる八目の白い大蛇だったり、空に浮かぶ虹色がかった鱗雲から覗く巨大な目だったりした。だが姿形の異なるものを幼い私はなぜか同一のものとして認識しており、あまり人にいってはならない存在だと思っていた。(ただ父親に話して神様と知り、妙な自信をつけて他人に話したのは失敗だったが )そして、その神様は私を常にみているのだが、それはなにかのついでか、それとも視界の端に常に私が存在するのか、神様にとってはひどく矮小な存在である私を特に気にも止めていないようでもあった。

 そんな私が神様をみたりみなかったりするようになったのは祭りの際、稚児舞を舞ったときだ。

 稚児舞とは神職の幼い子供たちが化粧をしてきらびやかな衣装を着て踊るのだ。

 私の家族が仕える伊夜比子(イヤヒコ)神社に万葉の頃から伝わる古い舞楽で七曲の稚児舞と六曲の大人舞より構成されていた。年に一度、この神楽の全十三曲が奉奏される。N県に古くから伝わる舞楽のなかでも代表的なひとつにあげられ、昭和の終わり頃、国重要無形民俗文化財に指定されていた。

(万葉の頃、つまり平安時代から続くとされるのに文化財に指定されたのが昭和とか、伊夜比子神社の神職たちは怠惰というかのんびりしてるというか……)

 子供ながらにダンスとも踊りとも違う動きの舞というものに四苦八苦した。だが、私は他の子とは違い神様にみられているのだ。今日こそは私をちゃんとみてもらおう、と当日緊張しながらも真剣に舞った。

 そのとき神様は確かにいつもと同じく私をみていた。だが、稚児舞だろうが、大人舞だろうが、無関係にみているだけなのだ。そこに普段との違いは見受けられなかった。

 私は戸惑った。

 万葉の頃から伝わるとされる神様のための神楽なのに神様はそれを特別なものとしてみていない。普段通りでむしろ私の舞を興味深げにみているのは観覧している地元の人や観光客なのだ。

 神様にとって神楽も祭りも日常も災害も同じ人の営みであり、そこに違いはないのかもしれない。そればかりか私が生きようが死のうがなにも感じないに違いない。

 天変地異を起こせる力を感じさせ、その深い知性を宿す瞳には私は有象無象の塵としてうつっているのかもしれない。

 そう思うと私の額からふつふつと脂汗が流れてきた。舞が終わり舞台から降りる頃には足元がおぼつかずお母さんに抱き抱えられたようだ。

 高熱を出して三日ほど寝込んだらしい。

 三日間、高熱でぼんやりとした頭で神様について考えていた。神様は強大な力を持ちながら存在するにも関わらず、神様はなにもしないのだ。語りかけにも応えないし、語りかけてくれもしない。きっと神様にとっては人の営みなどどうでもいいことなのかもしれない。それよりはむしろ自分のなかにある諸々の思索で十分なのかもしれない。だがなぜ私をみているのだろう。そしてなぜ私に神様をみる力があるのか。あるいは神様がなぜ私にこの力を与えたのだろうか(その疑問はまだ自らに問い続けている)。そして、熱が下がると私は神様をみえないようにする方法を身につけていた。もしかしたら、あの高熱は拝屋雫のいう巫病だったのかもしれない。そうだとしたら私にとって神様がみえるということは普通であって神様をみないようにするために霊力を使っていることになる。いや、科学的な理論的思考では霊能は説明がつかないのかもしれない。そういうことが私の周りには少なからず存在した。


 先程、少し話したが、もう少し私の家のことを話そう。我が家は県の一宮、伊夜比子(イヤヒコ)神社に代々仕えている。日本海側にぽつりとそびえる伊夜比子山の麓にある神社だ。N県一の大きな神社だからか何家もの神主たちが仕えていた。神主といっても複雑で、権限というか身分があり、上から宮司、権宮司、禰宜、権禰宜という順で役職があるらしい。私もよくわからないが、神宮寺家は宮司と権宮司を数年毎にやっていた。おそらく一番上の宮司は当番制なのか数年ごとにやっているのかもしれない。宮司をやらない家もあることから、私の家の格式は他の神主たちより高いのだろう。そのせいか家は古く広い。こういうと羨ましがられるが、冬は寒いし、夜は暗く怖い。ついでに杉林の中にあるので昼でも薄暗い。部屋はお祓いなどの神事に使われることがあるので定期的に大掃除して清めなければならないし、生活空間としては不便極まりない。

 私の部屋だってWiFiの繋がりにくい古びた畳張りの四畳半だ。とにかく余裕のあるスペースはなく、ただ広く寂しい家だと思ってもらいたい。 そして、我が家には霊媒師や霊能者らしき人もたまに訪れていた。いや、近所の神主さんたちの話からすれば我が家は少し特殊なのかもしれない。

 我が家が祀っている神様は一宮で祀っている伊夜比子さま(御名は天香山命(あめのかぐやまのみこと)と申し上げる)ではなく、その客人として招かれている一柱の神を祀っている、といわれていた。伊夜比子さまやその他の神々を祀る他の家とは少し違うところがあるようだ。だからだろうか。そういった怪しげな連中が訪ねてきても特に気にすることなく快く迎え入れたし、私はそうするのが当たり前だと思っていた。

 逆に最近まで伊夜比子さまや他の神を祀る神主さんたちはなんで排他的なのだろう思っていたくらいだ。 ただたまに本当に怪しい宗教連中までやってきた。我が家に上がり込んでよくわからない話や(神主の家だというのに)宗教勧誘すらするのだ。そういった連中はお父さんはすぐに追い返した。お父さんに訊いたことがある「怪しい宗教の人と霊能者となにが違うの?」と。お父さんは「力がない人とある人の違いかなぁ。霊的なものをみることができて、かつ尊重している人ってなんとなくわかるんだよ」と、本人もよくわかってないように正直に答えてくれた。

 たまに客人として来ていた本物の霊能者たちはお父さんと世間話をしたり、談笑したり、神社の歴史や加持祈祷などの儀式について話していたようだ。

 私が家にいるときはお茶を出す係のようなものだったのでよく覚えている。そのなかで、ただ一人この人は霊能者としてかなりの力を持っている、と思った人がいた。或いは他の霊能者は力を隠せるのかもしれないが、その人は隠すことなく霊気というか一際輝くような空気を周りに漂わせていたのだ。 阿田大輝(アダ タイキ)という名のお坊さんで『放浪阿闍梨』というハンドルネームでネットでお祓いをしているという変わり者だった。


 一見、どこにでもいる普通のお兄さんにみえる。髪は坊主頭がやや伸びたような髪型で、服だってユニクロやワークマンでみたことのあるようなアウトドアウェアだ。だが私の目からみて、なにかが違った。 その時、お父さんのいっていた言葉がわかったような気がした。この人は霊的な力を有しており、かつ霊的なものを尊重しているのだ、と。

 その人は家に訪ねてきて「修行の一環で歩いて全国を祓っています。何日かここに泊めて頂けませんか」と関西訛りの柔らかな口調でお父さんにお願いしてきた。

「なにぶん、お金がないんです」

  照れながら恥ずかしげに頭を搔く姿が少しおかしかった。 しばらく家の一室を貸し与えることになった。

 その時は私は中学三年で高校受験が差し迫っており、部屋にこもって勉強していたので阿田さんが家でなにをしていたのかよくわかった。朝早くから小声での読経から始まり、家の掃除をしてくれていた。そして私が学校から帰ってくるとなにかのトレーニングが終わったのか汗だくで着替えをし、少しばかり睡眠をとっているようだった。そして夜になると「では仕事に行かせていただきます」と歩いて街へと消えてゆく。

「まるで水商売にいく生臭坊主だな」

 お父さんは笑って見送っていたが、夜な夜なネットでの依頼でなにかと対峙し祓うような少年漫画のような生活があるのだ、となにか得体の知れないものが確実に現実世界にあることに興奮を覚えた。

 そんな生活が一ヶ月くらい経ったときだ。

 私は受験勉強に疲れ眠ろうとしたが、その日はなんだか寝付けなかった。暗闇のなかで目を瞑っているはずが、いつの間にか目をあけ、暗い天井を薄目でみている自分がいた。 なんで勉強で疲れているのに寝れないのか、と寝床でスマホでYouTubeでもみようとしたが、WiFiの繋がりにくい部屋なので、すぐに途切れる動画にイライラするばかりだ。

  その時、声がした。

「とにかく、奥の部屋に……」

「<組織>に連絡は……」

 関西訛りの声と聞き馴染みのあるお父さんの声が交互に聞こえてきた。その声はどんどん近づいてきて、やがて奥の方に消えてゆく。足音は忍ばせているが、なにか焦っているようでもあった。

 私の部屋の奥の方に物置きとなっている部屋がある。どうやらそこに向かっているようだった。

 そして、部屋の戸を開け閉する音の後「ここは電話も繋がりにくいから主屋(おもや)の方で<組織>へ連絡を……」とお父さんは阿田さんにいっている声が聞こえ、やがてその声も遠のいていった。

「なにかあったんですかね?」

 私はひとりでいるときの癖で神様に訊いたが、神様はいつも通り私の問いには応えてはくれない。

 私は好奇心から部屋を出ると奥の部屋の戸に耳を寄せた。その戸越しに息遣いのようなものが聞こえた。なかに明らかに人がいる。私は怖い気持ちと同時に湧き上がった好奇心が抑えられなかった。いったい阿田さんとお父さんはなにをしているのだろう。人攫いなんてやるような人たちではないだろうし、悪い人を捕まえたのなら警察に行けばいい。けれどこうやって家の奥に誰かを閉じ込めるなんて想像もつかない……私はゆっくりと音を立てないように戸をうっすら空け、覗き込んだ。

 そこには大きな文字(梵字だろうか)が一文字書かれた布袋を頭の上からすっぽり被せられ、腕を後ろに縛られている白のトレーナーにカーゴパンツ姿の少年らしき人影があった。

「誰かいる?」

 よく聞き取れなかったが、たぶん彼はそういったに違いない。袋を被らされているのでわからないが、なにか猿轡のようなものを噛まされているのかもしれない。そのせいか話したと同時に苦しそうにむせたように咳き込んだ。

 家に拘束された少年がいるという日常からは考えられない非現実的なことが起こっていたが、それより私は少年がなんだか可哀想になって、部屋のなかに入り少年の頭に被らされていた袋を取り、口に噛まされていた布を解いてやった。口のなかに念入りに布を押し入れられていたのか、嘔吐するように唾液にまみれた布を床に吐き出した。

 少年は苦しそうに咳き込み、嘔吐感からか目に涙をためて「ありがとう」と私にお礼をいった。

 少年といったが、歳は私と同じくらいだろうか。

「私は神宮寺晶(ジンクウジ アキラ)、あなたは?」

「僕は戌井勇(イヌイ イサミ)

 戌井くんは咳き込みながら名乗る、と同時に後ろからため息が聞こえた。

「もし……」

 いつの間にか阿田さんが立っていた。その顔は日常的にみていた阿田さんとなんら変わりはない。

「……これが映画かドラマだったら晶ちゃんの後頭部に手刀を撃って気を失わせて、翌日、戸惑う晶ちゃんに、きっと悪い夢でもみたんだよっていって誤魔化すんだけど……」

 そういって手刀でトンと叩く真似をして、困ったように笑った。なんとなくだがこの人は実際にそういう技が出来そうな感じがした。

「あれは格闘技でいうところの失神KOだからなぁ。女の子にそれはできんし……申し訳ないが、このことはきっぱりと忘れてなかったことにして部屋に戻ってもらえないかな?」

「でも、これって犯罪ですよね」

「違うよ……仕方ない。じゃあ、正直に話そう。おっと、勇くん、逃げようとしてももう<組織>の人間が近くまで来ているし、私には敵わないのはわかっただろう? 今はちょっと大人しくしておいてくれな」

  阿田さんの顔は温和そのものだが、阿田さんの言葉に戌井くんの身体は強ばったような気がした。

「まず、彼は拝天會(はいてんかい)という新興宗教の信者の子だ。かなり特殊な背景のある宗教だから話すと長くなるから掻い摘んで話すよ。拝天會は神様や怪異をより深く知ろうとしていた団体だ。そのため霊感の優れる信者同士を結婚させ、霊感の強い子供をつくろうとしたらしい。しかし、それでは足りなかった。人知の及ばないものをさらに深く知るため……拝天會は怪異と直接交わり彼らをつくった。人類の認知機能は理解できないこと、不安定な状態から距離を置きたくなる。神や怪異を直接、遭遇すれば身を滅ぼすか狂うからね……」

  私は阿田さんの言葉に聞き入っていた。

  阿田さんは私の真剣な顔をみて少し笑った。

「冗談だよ。実は拝天會は信者に対して霊感の強いとされる男女に無理矢理子供をつくらせた話は本当。三人の子供ができ、久方(ヒサカタ)というヤクザ者に世間や信者の目を避け管理させた。普段、誰にも会わせないことで神秘的にみせたかったのかもしれない。けれど拝天會は教祖の死後、求心力を失い解体した。しかし、残った可哀想な三人の子供たちはどうなったか? 彼らは私生児だ。父親も母親もはっきりとしない。当然、戸籍もない。特殊な宗教団体に人生を翻弄されている可哀想な子供たちさ。そして戸籍や個人情報を持たないため裏社会の仕事をさせられている。私は怪異を祓うかたわら裏社会のこともよく知っている。だから公安警察にも色々頼みにされることもある。私はたまたま戌井勇くんを保護したが勇くんにとっては迷惑な話だったかもしれない。ただ、正しい人生を歩んでもらうために彼を警察に引き渡すつもりだ」

 私には阿田さんが冗談だ、と茶化した話が本当に聞こえた。いや、荒唐無稽な方は最初の話で筋道が通っているのは次の話だ。説得力だってあるのは次の話に違いない。けれど……私は判断がつかず戌井くんの方をみたが、戌井くんはどこか痛むのかうなだれていた。

「さぁ、部屋に戻ってくれないか。お父さんにもいわないでおくよ。君もこのことはなかったことにしておいてくれると助かる」

「ちょっといいですか? 最後に神宮寺さんにお礼がいいたいんですが……」

 やはりどこか痛むのだろう。堪えた声で勇くんが阿田さんにお願いしてきた。

「ああ、いいよ」

「神宮寺さん、ありがとう。大変なことに巻き込んでしまって……」

 急に勇くんは咳き込み、私は彼の背中をさすった。 勇くんは「すみません」といいながら更に咳き込み、その最中に小声で「もし犬飼游(イヌカイ ユウ)という人に会ったらよろしく、と」呟いた。

「あと、君の隣にいる方にも……」

  阿田さんは難しい顔をして「晶ちゃん、早く部屋に戻りなさい」と少し警戒したように勇くんを睨んだ。

  私は急いで部屋に戻って胸に手を当てて自分の張り裂けんばかりの鼓動を抑えた。やがて誰かが来る足音が聞こえ、誰かが去ってゆく足音に変わった。戌井勇くんは私の神様がみえていた。やはり彼は拝天會につくられた人智を超える存在を認識できる人だ。阿田さんとお父さんはその子を誰に引渡したのだろう。そしてその誰かは戌井勇くんに対してなにをしようというのか。怖かった。恐ろしかった。私の知らない闇がこの夜に広がっていたのだ。

 そして私もまたその闇の一部でもあった。

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