游と白露一家
僕は蛇渕さんの家から白露夢路さんの家に居候することになった。蛇渕さんの計らいにより、僕を<組織>から逃がすために白露さんに預ける形になったわけだが、蛇渕さん自身は大丈夫なのだろうか。それに短い間だったかお世話になった鹿島さんとはどうなったのだろう。そして<組織>側の人間だろうと思われる古市さんはあのあとどう動くのだろう。わけのわからない秘密結社が関わっているのだ。気にはなるが、しばらくは彼らに近づかないほうが賢明だろう。彼らの家は白露さんの家からそんなに遠いところではないが、なんだかすこし寂しい気もした。
しかし、この白露家の関係性は僕には馴染みがなかった。まず僕を受け入れてくれた夢路さんがそもそも居候だった。そして家主は白露圭介さんという老人(七十代)で、息子と孫は関東に住んでおり、盆と正月とゴールデンウィークくらいにしか帰ってこない。ああ、いい忘れていた。夢路さんは、圭介さんの弟の圭二さんの孫であり、心の病で一年間引きこもっていたが、今年の春からこの白露家に住み込みで農業をしながら社会復帰をし、いまはこの家の家業を継ぐために仕事をしている。でもいまは農閑期で野良仕事はすくなく、圭介さんは農業用機械のメンテナンスや自治会や農区の役員のところへ世間話をしたり、お茶を飲みにいっているようだ。そして、この夢路さんは日々、晴れれば農地の管理や春作の肥料の搬入、米の配達、雨が降れば確定申告の勉強(青色申告という難しい方式があるらしい)や危険物乙四種免許取得(雪の降る冬場にガソリンスタンドにでもバイトすることを考えている)に向けた勉強に励んでいる。まさに現代版の晴耕雨読だろう。なかなか頑張っているひとだ。
蛇渕さんも見習うべきだ。こうやって人生、目標をもって行動し、なにかを成す。この白露夢路という男はなんと有意義なひとだろう、と思った、当初は。
だがいまは蛇渕さんの部屋が懐かしい。飽きもせずエイリアンやエヴァンゲリオンが流れ続けるテレビ。WiFi完備の部屋。トイレに入ればリアルなだけで可愛さの欠片もない小さな魚のフィギュアが僕を出迎え、ベットの下にはマニアックなアダルト雑誌……だが、ここにはなにもなかった。あるのは確定申告の本と危険物乙四の本、現代農業というマニアックな雑誌だけだ。驚きなのはテレビすらないのだ。情報や娯楽はラジオとスマホでなんとかなるのはわかるが、ミニマリストなのは大概にしてくれ。
空手道場での第一印象でもあったが、このひとには自分というものがない。しかも他人に興味がないのだ。そして自身の欲求に関しても希薄だ。確かに後継者のいない親戚のために頑張ろうとする。僕のような困っているひとのために尽力する。だが自身は空っぽだった。身体が栄養を欲するから食べる。与えられたから仕事をこなす。必要とされたから動いているだけだ。エヴァンゲリオンやクリストファー・ノーラン監督に対する執着や、トイレに小さな魚介類のフィギュアを飾る趣味や、熟女を冠したアダルト雑誌を眺めている(スマホがあるのに)ほうがあるいは健全とも思えた。
もしかしたら夢路さんは僕がクリストファー・ノーラン監督の映画やエイリアンが観たいといえば、観せてくれるかもしれない。WiFiを接続してくれといえば設置してくれるかもしれない。女子高生モノの(明らかに僕より年上の女性がコスプレしているような)アダルト雑誌がみたいといえば買ってきてくれるのかもしれない。けれどそれは僕を可哀想だと思ったからだろう。夢路さん自身がなにを思って生活しているのかわからない。それはなにか魂の抜け殻と生活しているようだった。逆にそんな状態だから夢路さんは白露家でうまくやっていけているのだろう。
第一、家族でもないひと(一応、夢路さんと圭介さんは親戚だが)とひとつ屋根の下で暮らすことは、想像するだけで、僕なら(気を使いすぎて)息が詰まりそうだった。しかし白露家は二世帯住宅となっていた。これがせめてもの救いだった。なんでも圭介さんは改築の際、関東にいった息子が帰ってくるだろうと、タカをくくって、家を二世帯住宅にしたらしいが、まさか息子は関東から帰ってこないし、農業を継ぎもしない。しかし親戚が家業を継ぐと名乗り出るとは思いもしなかっただろう。それに夢路さんがあらわれるまで自宅の一部が不良物件と化していたのだ。圭介さんは救われただろうし、正直、僕も救われた。
蛇渕さんとの気ままなふたり暮しはまだ僕の許容範囲だったことがわかった。けれど人数が増えれば増えるほど、僕にはストレスがかかるのだ。
夢路さんのところへ居候することになった日の翌日、圭介さん夫婦に紹介されたが「この少年は今度、住み込みで働くことになった犬飼游です。ご迷惑お掛けしますが、どうかよろしくお願いします」と頭を下げ、それだけである。事情を話すこともしなければ、それだけで圭介さんもわかってくれる、とでも思っているようだった。
まるで「可哀想な野良犬を引き取りました。ご迷惑お掛けします。俺が面倒みますので」といわんばかりだ。僕が人間だから言葉がすこし多いだけとか勘弁してもらいたい。
そもそも僕は蛇渕さんの言葉から、ここの家主は夢路さんだと勝手に思っていたから寝耳に水だった。まさか夢路さんが居候だったとは思いもしなかった。
ここは必要以下しか話さない夢路さんに変わって事情を話さなければならない。しかも、その事情もオブラートに包んで話さないと誤解を招きかねない。
「父親とアパートでふたり暮しをしてましたが、ある事情があって父親と別れました。そのときの記憶は曖昧です。もしかしたらそのあと<組織>という名の秘密結社に監禁され、薬を打たれたのが原因かもしれません。そうです。薬を打たれてなぜか身の上を話さなければならなくなって、いやぁ、あのときは困りました。拘束されどんな作用があるかわからない薬を注射ですよ。つらいのなんのって。でも<組織>から解放され、<組織>の末端で働いている蛇渕さんに救われたんです。そして彼のところへ身を寄せ、バイトをしながら糊口を凌いでいたんですが、また<組織>が僕を拐おうとしている動きがありまして。それを知った蛇渕さんが秘密裏に僕を夢路さんのところに預けたんです」
そんなこと、とてもじゃないが正直にいえるわけがない。いったら警察行きか精神病院行きだろう。第一、このことは夢路さんにも話していない。そして夢路さんは僕の事情に興味がないのか聞きもしない。それこそ頭のなかは「行き場のない少年が困っている。助けよう。以上」だろう。
圭介さん夫婦は当然ながら僕に疑問に思っていることは間違いなかった。特に奥さんが渋い顔をしていた。視線も刺さった。だから僕は精一杯考えに考えた。ほんの数秒だったけど「色々あったんです。いまはもうすこし、ここにいさせてください」と申し訳なさそうに伏せ目がちにいった。
どうせ嘘をいってもバレる気がした。付け焼刃の嘘なんてその場しのぎでしか通用しない。僕はとにかく長期的にここにいたかった。他にあてがないからだ。
あと勝手なイメージだが農家の高齢者はとにかく話す。なんでもネタにする。それこそ女子高生と同じで会話のために会話する。そこに意味はなくとも会話する。楽しさがあるから会話するのだ。さらには楽しさを求めても会話する。会話するためのネタなら喜ぶだろう。ならば尾ヒレもつく話になる。楽しいネタがあれば、勝手に尾ヒレがつく。そうなったら収集もつかない。姿形がないものに尾ヒレがついたら立派な妖怪怪異だ。あとは真実も嘘も本当もごちゃ混ぜになって制御できずに飛んでいく。だから「自分の家に居候がいる」となれば話のネタになることは目にみえている。そこに尾ヒレがつかないようにするには本当のことを話さなくてはならない。だから本当のことを話したまでだ。「色々あった。いまはここにいたいのだ」と。
さらにこうなったら弱さアピールしかない。実際、社会的弱者だ。地位も名誉も学歴も親もすべてない。しかも行くところもないのだ。庇護されるべき存在はときになめられ、軽んじられるが、相手は高齢者だ。なめられ軽んじられたところで仕方ない。人生、いままで頑張ってきた方だ。若者が老人になめられ軽んじられるのは当然といえば当然だ。
そもそも僕は収入面でなんの後ろ盾も持たない。あるのは蛇渕さんが開設してくれたネットバンキングに入っているわずかな残高くらいだ。つまり働かなくてはならない。身体の動かなくなってきている高齢者なら僕の利用価値をわかってもらえるだろう。そしてあとはキャラクターを確立しなくてはならない。僕がどういう人間かという簡単なタグのようなイメージだ。会話を楽しむには他人にわかりやすい方がいい。長い説明は会話には向かない。簡単でかつ聞きやすく地域に溶け込めるようなキャラクター。その僕のキャラクターは嘘が一切ないのが条件だ。
「複雑な家庭を持ち、母親の顔はみたことがなく、父親と一緒に暮らしていました。けれど父親と将来の進路についての意見の違いから、喧嘩して家出しました。馬鹿なことをしてしまいましたが、いつか帰るつもりです。いまはまだお互いにわだかまりがあるので難しいですが、いずれ……それまでよろしくお願いします」
よし、これが一応、噂に尾ヒレのつかないギリギリだ。数秒で思いついたにしては上出来だろう。あとは悲壮な顔をしているしかない。尾ヒレのつく噂もあるかもしれないが、それまでに次の居場所を探す時間くらいはできるだろう。
「へぇ」
まさか夢路さんが最初に納得した。
本当に僕に興味がないのだ。
「なぁ、夢路。事情も知らんで、この子と一緒に住むんか? 警察とか役所に連絡したほうが……」
圭介さんが心配そうな顔で夢路さんと僕を交互にみた。そこにはあきらかに戸惑いと疑いがあった。
「仕方ないですよ。こいつ、困っているので。警察沙汰にするより自分でやるといってますし」
夢路さんは手短に、けれどはっきりといった。
それが逆によかったのかもしれない。
「じゃあ、任せる」
圭介さんもそういったきり、日常会話がはじまった。困ったことに僕には話すことはほとんどない。▽町での古い記憶に霧がかかったように断片的にしか思い出されないのだ。わずかな記憶から手探りで話すばかりだ。
「游くんはこの辺のもんらろ。高校はどこ行きなさったね」
確かに圭介さんの話す訛りに聞き取りにくさはない。そして蛇渕さんと履歴書を書いているとき僕は▽高校に通っていた、といった。しかし、蛇渕さんは笑って△高校の間違いだろう、といった。だから「高校は△高校に行ってました」と答えた。
「そりゃ、凄いな」
どうやら県内屈指の進学校らしい。僕は詳しくないので突っ込まれたら答えられない。だから「中退しましたが」と消え入りそうな声で付け加えておいた。
ああ、と圭介さんもふれてはならないものにふれてしまった、というように話題を変えて僕と話した。当たりさわりのない感じだったが、話題はこの辺の話が多い。つまりは世間話を装って、僕の家を探そうとしているのだろう。しかし、僕の霧がかった記憶ではお父さんとはうまくいってなかった。もう帰らないほうがいいのだ。だから圭介さんにはっきりとは答えられなかった。
それにおかしなところがあった。
たしか僕はここでない▽町から来たのだ。話はなんとか合わせなくてはならない。当てずっぽうで話すわけにはいかないが、圭介さんと話しているうちに△市と▽町とでいくつか共通点が存在した。
商店街がまるっきり同じだったのだ。しかし年代的にそれはおかしいらしい。駅前にイオンができてから、徐々に商店街の方は衰退して、いまはもう一部を除いてシャッター街となっているらしい。それに僕の年齢ならイオンについて詳しいはずだが、イオンについてはまるで答えられず、商店街の食堂での定食、ラーメンの味やパフェの種類に関してのことは答えられた。
「游は町人の衆らの(街中の人という意味だ)」
▽町の情報がなぜか△市も同じだったのに僕は驚いたが、そんな僕とは逆に圭介さんは「町人の衆」ということで納得したらしい。
でもこれで簡単な僕のタグができた。ここから尾ヒレがついたとしても、たいしたことにはならないだろう。僕はすこし安心した。
奥さんも僕と圭介さんが話しているのを聞いていて、すこし安心したらしい。茶菓子がわりに自家製の干柿を出してくれた。干柿はみた目が柿のミイラのようで食べたことはなかったが、せっかく出されたものだ。僕は我慢して口に運んだ。
「嫌いらったろっかね?」
顔には出さないつもりだったが、出ていたらしい。奥さんの気遣いに答えて、すこしでも信頼を得なければ、と一口食べた。初めて食べた干柿はゼリーの表皮とジュレのような果肉で濃厚な柿の味と甘さだった。お茶を飲むとお茶の苦味が引き立つ。
「はじめて食べました。美味しいものですね」
お世辞ではなく、本当にそう思った。
そして、しばらくの間、食後に干柿を必ず食べることになった。大量の干柿を奥さんからもらい受けたからだ。その干柿は僕らの居間に吊るされた。晩秋はこの地方は雨が多い。晴れていれば外に干せるが、雨なら居間くらいしか洗濯物が干せない。雨の日は洗濯物をどこに干そうか、と真剣に考えなければいけないほどだ。
干柿は単純計算で年明けまで毎日食べ続けなければなくならない。僕はすこし後悔したが、おおいに安心した。すくなくともこの干柿を食べ終わるまでここにいていい、といわれた気がしたからだ。




