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匣の街  作者: Mr.Y
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△▽の怪異 #12

 私たちはそのあと下山しました。

 人気(ひとけ)のない集落跡も歪んた寺院も、いまはもうただの侘しいだけの廃墟にすぎません。もうここに霊的な存在はなく、昔、幾多のひとを魅了し、いまは忘れ去られようとしている宗教団体の集落跡があるばかりでした。


 ちなみに今月の市民会報誌によると来年の三月をめどに八ヶ谷峠の廃墟が取り壊されるという記事をみました。再開発などはなく、治安上よろしくないという市民からの要望らしいのです。八ヶ谷峠に関しての情報は私の調べた限り、意図的に隠蔽してるのではないか、と疑われるくらい少なかったのです。ですからそんな要望あるはずはない。おそらくは△市公共施設改修事業の裏で行われていた封印の一環▽町への道を完全に絶つのが目的だと思われます。

 きっとあの△市にあった七ヶ所の封印は完全に終わり、最後の八番目の封印をはじめたのでしょう。

 一般的に北斗七星という名のとおり、七つの星で構成されていると思われていますが、実は八番目の星があるのです。それは輔星。またはアルコルの名で知られる四等星で、死を司る星として有名です。星野さんたちが来客された際、口にしていた死兆星という名前のほうがいまは知られているかもしれません。

 △市に点在した七ヶ所を北斗七星としてみた場合、八ヶ谷峠は輔星に位置しています。おそらくは七つ星の封印とした裏で八番目の封印があったのではないか、と思っています。もしくは古代の呪術者はあの異世界を利用しようとしていた(それこそ拝天會のような)集団もあったのではないか、とも疑えます。

 なぜなら八ヶ谷峠には神社や仏閣は存在しませんでした。もちろん大きな建物もありません。(ただ、村の入口に小さな祠はあったらしいのですが、それは拝天會時代に打ち壊されています) それなのに拝屋が住んでいた家の近くに異世界への道が通じていた。

 元々、拝屋樹も異貌のひとでありながらも拝み屋としてお祓いをしたり、呪術的な悩み相談をしたりという生業をしており、その副業として畑作農業をしていました。

 それが変わったのは(以前お話したかもしれませんが)畑から土器か土偶が出てきたからです。それを畑から掘り出し、それを手がかりに暗い悟りを得て、拝屋樹は変わったのです。しかし土器も土偶も黒咲夜子によって破壊されたので、いまとなっては、その詳細はわかりません。ただ、それらが拝屋樹を▽町へと誘ったことに間違いはありません。そして、それがつくられたのがいつだったのかもわかりません。土器や土偶です。縄文か弥生か……昔、呪術者が人知れず道を開いていたのではないか、と推察しています。

 そしてそれは一部の人間以外知られないように隠蔽されていて、いつでも異世界にいけていたのではないかとも。

 まず北斗七星の名前に隠された八番目に位置しているにも関わらず、封印がなされていない。そして、拝屋樹が目覚めると八ヶ谷峠の住人はそれに従った。(ここに<組織>が加わっているとなるとさらに複雑になりますから、ここでは割愛します) つまり、あそこは異世界の道としての下地が存在していたのではないか、と思います。

 それに拝屋樹のいっていた霊能の本質。祓う力も呪う力も妖怪も異世界も化生も魂すら……それらは本質的に同類だとする説。拝屋家の奥儀の先。つまり人間は現実世界に生きると同時に異世界の住人となりえること。現実世界で生きていても、どんな思想や哲学、悟りをもってしても、決して人間は満たされることはないこと。

 しかし、それももう終わりました。


 私たちが山を降りるともう日は暮れかかっていました。駅行きの最後のバスがちょうど来ていて走り出そうとしていました。親切な運転手が私たちに気づくとバスを停めてくれ、私たちはそれに飛び乗りました。

 座席に着くと私たちは他愛のない話をしました。よく高校生がするような下らない話をです。将来のことや好きな音楽のこと。夜子が私が軽音楽部でボーカルをやっていたことを思い出したのか、椎名林檎の『ここでキスして』を歌って欲しいとリクエストしてきました。バスのなかには私たち以外なく、ただ運転手だけがいるばかりでした。私はまたすこし悲しくなりました。単に彼女はなにも考えず『ここでキスして』をただ歌って欲しいだけなのですから、すこしの悲しみから、ほんのすこしの苛立ちも出てきました。ですが、すべて丸く収まったのです。彼女の協力で。


 I'll never be able to give up on you

 So never say good bye and kiss me once again


 歌ってあげました。しっかりと私の気持ちを込めて。

 もし今日、一緒に危険を冒したのが、夜子が神宮寺さんならどうだったのか、とふと考えました。私は舞い上がり、緊張し、憧れるばかりだったでしょう。夜子に対して思う思いとは違ったものになっていたことでしょう。この小心者で計算の高い、けれどどこか抜けていて、私に対してなんの配慮もなく、私の心にある繊細な場所にもずかずか上がり込んでくる。そんな素敵なやつに私は自分の思いの丈を込めて歌いました。

「雫って、歌上手かったんだ」

 はじめて私の歌を聴いたように関心し、そんなことを平気でいうやつなのです。私はすこし怒りたくなりました。それと同時にズルいとも。だって一言一言に感情を揺さぶられるのは私ばかりなのです。彼女はいつも事も無げにしてるだけ。

「いまさら?」

 私にできるのはおどけてみせるだけしかできません。もしかしたら夜子の魂が欠けているから、こうも無神経なのか、と思いました。

 霊視で彼女をみてみると、なぜか狐がいなくなり、魂の一部が再生している箇所もありました。

 まったくなにがどうなっているのか私にはさっぱりわかりません。

 そんなデタラメな状況に拍車をかけるようにバスの窓に見覚えのある青白い光が横切りました。

 それはあのUFOクラゲでした。しかも何体も飛行していました。高速で飛び、△市上空に集結し、重力も慣性も物理法則を無視して思い思いに飛んでいました。

 その中央、△市上空には霊的なものとは違うものもいます。UFOクラゲたちの群れのなかにも、それは存在しました。ですが見分けはつきません。かろうじて霊視で、霊的なものか、そうでないかで分けられるだけでした。おそらく、霊的でないのが本物のUFOかもしれません。

 霊的なUFOクラゲがなぜUFOに酷似しているのかはわかりません。拝屋樹が霊的実験の末に似せたのか、物理法則を無視し飛行するという行為が収斂進化のように同じ形状をもたらすのか。ただ、人知を超えた光景には間違いありません。ララさんが啓示に似たなにかを得たのも、あまりの現実離れした光景で受け入れられないひともいるのも、どちらとも理解できます。あれだけ荘厳で神秘的な光景はよほどの偶然が重ならければ、みれるものではないでしょう。まるで街の上空に銀河が降りてきたような星降る夕暮れの光景でした。

 UFOクラゲとUFOは共に舞っていました。

「凄いな。なにかこれから起こるのかな?」

  夜子が空から目を離すことなく私にいいました。あのときのあれは霊感のまったくない夜子にもなぜかみえていました。

「いや、すべて終わったんだよ。きっと。あれは現代の百鬼夜行だ。鬼たちが次に住むところまで行列をなしてゆくのさ」

 私もあの光景をどう捉えていいのか困惑してましたが、言葉にすると不思議とさらりと説明できました。

 まさに百鬼夜行でした。

 霊でもなく、生物でもない。UFOクラゲはそのどちらでもなく、また両方を併せ持ったこの世ならざる存在でした。

 諸説ありますが、鬼とは(オン)が語源だという説があります。隠れている存在という意味です。つまりみえない。けれどもどこかに存在している者を表す言葉です。

 それが住処を追われ、姿を現し、新しい住処を探して戸惑っているようでした。なぜなら不思議と異世界で会ったUFOクラゲと違って敵意を感じませんでした。なにか破壊衝動があるわけでも青白い光をひとや物に向けるわけでもない。同じ形状のUFOを仲間とでも思っていたのかもしれません。

 夜子に「祓わないの?」と訊かれました。

 あきらかに理解不能で、この世ならざるなものにみえましたから、そういうのも当然でした。けれども敵意がないものを、住処を追われたものを、さらに痛めつけるのは気が引けました。

 だって住処から追い払ったのは私でもあるわけですから。それに煌びやかな光の乱舞は綺麗でもありました。

 一方、UFOたちは恐れおののいたのかもしれません。△市上空にあった一際大きなUFO(おそらくは母船)の周りに集まり円陣を敷きます。UFOクラゲから母船を守るためでしょうか。しかし、その円陣も無意味でした。UFOクラゲたちはUFOの動きを模倣しました。やがて大きなひとつの光球となり、△市を見下ろしました。そして、光り輝く巨大な渡り鳥のように東の空へと飛び去って行きました。

 これが私の知る△市UFO事件の裏で起こっていた怪異です。

 ララさんの小説の参考になれば幸いです。

 あと、くれぐれもあの件は慎重に。



 雫からのメールを読み終わるとすでに日付は変わろうとしていた。それにしてもなかなかの長文メールだった。私の小説に触発されたのではないか、と思われる位の長文だった。

 確かXでのメッセージが一回一万文字だったから、書いているうちに足りなくなったのだろうか。それにしても長すぎる。それに肝心の夜子がどうやって拝屋樹とやり合って勝ったか、というところの詳細が欲しい。あと、なんといっても神宮寺晶の話だ。実質、拝屋の怪を終わらせたのは彼女と怪物なのではないか。これは聞かなくてはならないだろう。そして、描写がくどいところが気になるところと、この文章全体の時制統一を一度徹底したほうがいいんじゃないか、とか……いやいや、彼女の文章をあれこれいうのはやめよう。彼女は彼女の目線でみたことをありのまま書いたのだ。とにかくあとは私がこの文章をどう使うかだ。

 それにしても黒咲夜子、神宮寺晶は実在する人物なのだろうか。それとも仮名なのか、とにかく彼女たちと一回話してみたくなった。

 そして近くにUFOについて詳しいひとがいないだろうか。△市UFO事件について訊きたいことがある。第一、怪異だけでは△市UFO事件を語れない。事実、UFOが△市上空に現れなかったらUFOクラゲも身を潜めているだけだったかもしれない。あるいはUFOは▽町の崩壊とともに現れたのだろうか。いや、なんのために? それにUFOクラゲだ。あんな銀河のような数のUFOクラゲを拝屋樹は放っていたのか? それとも異世界への道は封じたのにUFOクラゲはその封印を無視できたのか?

 雫にしっかりと長文で△市UFO事件の裏で起こっていた怪異を説明してもらったが、わからないことだらけだ。

 今日はもう遅いから返信はまた後日としよう。

 ついでに拝屋雫の恋愛相談もしてやろうか。

 こんな長文メールを書くにはかなりの労力が必要だっただろう。そのお礼だ。

 まぁ、基本的な恋愛アドバイスは「当たってくだけて、次へ行け」だけだけど。

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