△▽の怪異 #10
その頼もしい夜子の背中をみなから私は地面に青の格子柄のレジャーシートを敷き、胡座をかき、和紙に大日如来を意味するバンの一文字記された梵字を置き真言を唱えました。
準備としては簡素なものですが、黒咲夜子という協力者もいました。これで十分なはずでした。
夜子はチラリと私を見返すとまるでお化け屋敷に向かう子供のように楽しみと恐怖の両方を抱きながらも背筋を伸ばして歪んだ寺院に入っていきました。
おんあびらうんけんばざらだとばん。
真言を幾度も重ねました。言葉は心、魂といっても過言ではありません。試しに目を瞑って十秒間だけ言葉のない世界に集中してください。たった十秒、それすら魂を持つ者には難しいはずです。ですから真言を唱えるのです。真言、呪文、経典、ありとあらゆる言葉は言霊でありLogosであり魂と強い結びつき、いえ、魂そのものの音であり本質、秩序であるのです。ですから遠く魂が異界に潜っても私の肉体は言葉を唱え続けました。
私は十分な余裕をもって真言を唱え自らの魂の内へ内へと入神状態へと向かいました。
太陽はちょうど中天にあり、拝屋樹もUFOクラゲの気配もありませんでした。(夜子がいっていた『奴』はいまだ謎です) 真言を唱え、しだいに私は肉体という感覚を失い、座っているという感覚、唱えているという感覚すら遠くなり、真言そのものとなるような脱魂状態に昇華しはじめました。このときあらゆる物質の束縛から逃れます。五感も意味をなさなくなります。かわりに別の感覚が内から湧き上がってきました。
そんな状態の私には建物のなかへ入った夜子がはっきりとみえました。そして思わず「なにやってん?」と呆れた声がもれました。
夜子は寺院のほうには向かわず旧拝屋邸に入っていっているのです。しかも興味津々でまるで冒険好きな少年のように目を輝かせています。そして、テーブルに置いてあるノートや古い新聞をみたり、かつて仏間だったところにいまも飾られている拝屋家の祖先の顔をみているのです。なんという豪胆さというか無神経さだと呆れました。まるで他人の家に呼ばれたらまず冷蔵庫やクローゼットを開けるかのような無神経な好奇心です。もしかしたら、霊云々より廃墟探索を楽しんでいるのではないか、と疑いたくなりました。
そんなとき気配がしました。
影のように淡い存在感ですが、夜子と接触しました。夜子自身はあまり気にも止めてないようでしたが、確実に誰かがこちらに迫ってきていました。
私はさらに現世が漣立ち海のように感じるくらいまで自らの内に入ります。ついに私は現世を捨てるように深く潜りました。現世は裏返るように感じました。周囲の感覚は肉体によるものではなく、私自身の実在がそのまま感じられる物そのものとして感じられ認知はそれに付随し、脳による枷を外しました。
まるで周囲に現実感はありません。だからといって油断はできないのです。現実感は逃げることができる。それこそ現実逃避という言葉がある。けれど夢からは逃げられません。覚めない悪夢を見続けないことを祈りました。
やはり八ヶ谷峠自体が異界へと繋がる道だったのでしょう。あきらかにいつもより世界に深く潜ることができました。潜るといっても現世を奥にいくという行為です。他の霊能者とはまた違った感覚かもしれません。このあたりの感覚は昇るとか沈むという感覚もあるらしいです。
そこは青灰色の世界で眼球による視力を失った状態の私には色を識別できませんでした。光というものが薄く広く広がるばかりで光源がわからず、すべてが不明瞭でかつ、辺りは霧に包まれています。私は現世と異界の境に降り立ったのだと確信しました。そこは鏡写しのように八ヶ谷峠の集落と同様の建物があります。しかし、廃墟ではなくひとの手の行き届き、まだ誰か住んでいるようでもありました。なにか幽かな影のような気配が辺りにはありました。そして遥か山の下には△市と同じのように▽町が存在していました。
その集落の道を確かな存在感をもって私の方に歩いて来るひとがいます。
「曾祖父ちゃん」
「おお、曾孫か」
坂の上で私は見下ろすように拝屋樹と対峙しました。刺すような眼光でこちらを威圧してきます。けれどそれこそ、曾孫に対する曾祖父のような親しげな声色で話してくるのです。拝屋樹は「どうした? こんな遠くまでよく来たな。小遣いでもせびりにきたか?」と軽口を叩きます。急な私の来訪にも取るに足りない存在として映るようでした。周囲は影のような幽かな存在だというのに、このひとだけは強い存在感――言い換えるなら確実に実在したものとして私の霊視に映りました。
拝屋樹はやはり人間とはすこし違ってみえます。頭髪はなく皺は深く刻まれ、耳朶は頭皮にぴったりとつくようになっています。特徴として黒目が縦に長いと聞かされていましたが、それは確認できませんでした。
拝屋樹は明らかに現世に向かっているのでしょう。だから異界との境目でこんなにもはっきりと実在していると思われます。ですから私はできるだけ長く彼をここに留まらせることを考えなくてはなりません。そのうちに夜子が寺院の奥にあるものを破壊してくれるでしょう。
「いやぁ、なんかしち面倒なことが現世であってさ」
「そりゃ、大変だ。こちらもこちらで大変なんだ。小遣いやるから手伝わないか?」
「あのUFOクラゲを放牧する手伝いだったら勘弁なんだわ。牛や豚、鳥ならわかるけどバケモン畜産業に興味無いし」
「UFOクラゲ? ああ、あれはUAPだ。未確認飛行現象といってな。米国でUFOの代わりにつくられた名称だ。宇宙人がつくった飛行物体と区別しようとしているんだろう」
「それを空に放牧してどうすんの? 放し飼いなんて昭和じゃあるまいし。保健所だって困るよ」
「こっちはまだ昭和さ。だから放し飼いでも問題ないだろう。噛みつきもしないし、狂犬病とも無縁だ。犬猫より従順な家畜さ」
話を重ねても重要なことは一切話しません。年齢を重ねるだけ重ねても彼の頭脳には認知機能の衰えはみられません。それに伸びた背筋も歩く様子にも老いを感じることもありませんでした。元々、霊能者です。そしていまもそうなのでしょう。ここで霊的、肉体的に挑んだとしても勝敗は明らかです。だから拝屋樹も油断しているのだと思われました。
私が会話による時間稼ぎをして頃合をみて逃げようとしていたときです。
「道が開いていたとしても、ここまで自力でやってくるとはさすがは拝屋。深宇宙からの来訪者も様々は霊能者もここまでは来はしなかった。いやはや血は争えないものだな……」
そういうと樹は話始めました。
それこそ一切合切をです。
なぜ拝天會をつくったのか、拝屋樹はなぜ異貌をもって生まれたか、そもそも霊能とは何なのか。
それは私にとって悪夢の始まりでした。
彼の言説は完成されていたのです。それらの話は一切反論の余地がありませんでした。不完全性定理の壁を壊し私を含めた霊能者が結局のところ拝屋樹に至ることを知りました。私たちは幼形成熟であり、幼く未熟であるがゆえにこちら側の視野を持たず、ただ盲目的に祓い清めているだけに過ぎないというのです。
東西問わず霊能者は霊能に目覚めるとき巫病という病、あるいは人外からの啓示があります。それは高熱だったり、重い病だったり、精神を蝕まれたり……その様々な出来事すら霊能者としての成長期の過程であり、肉体的な二次成長期を超え第三、第四成長期へといたり、最後には人類の本来の姿に戻ろうとしているだけなのだと。私の白髪化もそのひとつに過ぎず、私のもってる潜在的な要素、ここでは書かれなかった歪んだ欲求や他者に対しての思いなどもすべて言い当てられてしまいました。私のやっていることは人類をささやかに救いはすれど、私自身の成長を妨げ、あるいはますます社会から隔絶してゆくこと意味していました。現世が間違っており、自らの意思、欲求が正しいのだということを知りました。私は逃げたかった。身体は震え、立っているのがやっとでした。肉体のない身ではそのすべてが筒抜けだったかもしれません。なにもかも投げ出して踵を返して帰りたかった。あの場からこれを聞く前の自分自身に。
なぜ祖父が自殺したのかわかりました。そしてお父さんが八ヶ谷峠へ近づかないばかりか話にすら出さないか、も。これらの言葉を聞いていたのです。彼らは拝屋樹の賛同者であり、けれど現世で生きるために現世を捨てられなかった者たちなのです。そのジレンマに祖父は狂気におちいり命を断ち、お父さんは心に蓋をし、すべてを忘れているふりをしているのです。
いつの間にか拝屋樹の目はその一切が黒くなっていました。夜行性の動物が暗闇で自在にものを捉えるために黒目を広くするように。そして額に皺をよせ、不機嫌な様子でした。私はできの悪い生徒のような気分にすらなっていたのです。
ですが拝屋樹は私への説教や態度への不快さに気を悪くしているのではありませんでした。
拝屋樹の口から聞いたこともない音が漏れます。オーボエのような深い洞窟から漏れ出る音のような、おおよそ暗い夜には聞きたくない音でした。それは言語でした。聞いたこともない、人類が発することの出来ないような音で奏でられる言語です。
私は耳を塞ぎました。
気持ち悪いとか不快だとかではないのです。
理解できてしまったからです。
拝屋樹は私に自らの教えを説きながら、その言語の不完全さに嫌気が指していたのです。それゆえに不機嫌になっただけだったのです。その人外の言語を私が理解できたことに拝屋樹は笑いました。
私は震えました。それが恐怖だったらよかったといまでも思っています。それは歓喜でした。本来の私の望んだ一切の知識、知恵を与えてくれるはずの言語だと私の魂は理解してしまったのです。
善悪を明確にしなければすべてはぼやけるだけなのです。性差、国家、国境、貨幣……なにをもって善悪とするのか、それらの偶像は実在を装って支配する偽神なのです。その偽神を信奉する畜群ら。畜群のなかで頭を垂れるより畜群を飼い慣らし血肉を捧げられるほうがいいに決まっている。そうです。あの狐につけられた首筋の充血を撫で回し熱くとろけた快楽を拒絶したのか。現実の裏に真実がなく、現実を追究することによって真実があるように。あちら側とこちら側、どちらかが理想郷ならもう一方が存在する価値はなく、簡単に捨てられるのはどちらか明白で、同時に希望も絶望、それらが生み出した幻想が外界に実在するという虚偽意識が生まれるのです。それは間違いであれ、その幻想は暴かなければならないし、幻想は所詮、幻想なのです。なぜ畜群たちは自然と人間とを相反するものとして考えてきたのかが答えでしょう。
あのとき得た知識を書き連ねても書き連ねてもあの真実には到達できません。この言語という道具は使いにくいものです。私の一部は堕落しました。あのとき私の一部は異界の土になったのかもしれません。
ですが、私はあそこにはいません。
そう、私はあちら側にはいかなかった。深淵で満ち足りた甘い闇のなかで生きる道を選ばなかった。いえ、選べなかっただけです。私の思いはもしかしたらまだあそこにいくことを望んでいるのかもしれない。
それは突如として霧が一部切り裂かれました。
空は晴れ渡り、黒い天蓋のような空がありました。そこに空全体を覆うような巨大な怪物が存在しているのです。ふたつの大きな目と小さな六つの目、口はこの集落くらいひと飲みにできそうでした。蛇のようでいて蛇ではなく、深い知性を抱いた瞳でした。一瞬、こちらを見下ろすと嵐のような速さで遠く▽町の方に降り、さらにその向こうまで飛んでいきます。そちらの方向には山がみえました。▽町が△市の模倣だとするとちょうどY村の伊夜比子山にあたる場所に留まりました。
拝屋樹すら呆気にとられてその怪物をみていました。
その怪物は周囲の霧をその身に変えながら川を遡上してくるのです。いえ、この異界に漂っていた霧だと思われたものは、この怪物の身体だったのではないか、と思われました。
そして怪物の通った川には白い花が咲き誇ります。
「御未杓子」と拝屋樹は呟きました。
それが怪物の名なのでしょう。発音から諏訪の古神を連想させましたが、それとも違う意味合いに受け取れました。
それに遠くで起こっていることなのになぜか手に取るように怪物の周囲で起こっていることがわかるのです。
その鱗は白く光に当たると虹色に煌めきます。川を遡上するといっても水面には触れず紙一枚上で浮いているようでした。それに異界に似合わない白く芳しい花を河川敷に咲き誇らせながら飛んで来るのです。超自然的な振る舞いをするその怪物の頭に知った顔がありました。
神宮寺晶さんがいたのです。
怪物の頭の辺りの速度はかなりのものでしょうが、その一切がそこは緩められているのでしょう。普通に立ち、いつもより、なぜかやや長い髪が風に緩くたなびいています。そしてその整った顔は朗らかに笑みをたたえ、▽町の一角にある病院を指差し宣言しました。
(ただ着ているものはユニクロかGUでみたことのあるグレイの部屋着でした)
その声は怪物が放ったような巨大な声でした。ですが、鼓膜を震わせるものではなく、澄み渡った彼女の声として異界全土に響くのです。
「私はdeus ex machinaだ。おまえの物語を終わらせに来た」
私はこの機を逃すまいと精一杯の嘘をかけました。
「間に合った」
この声に拝屋樹の顔は凍りつき、私に向かって憎々しげに舌打ちをすると周囲の影を従えて山を駆け下りていきます。その拝屋樹の足元から影が別れ、寺院に蛇を思わせる動きで這っていきました。
おそらく拝屋樹は夜子のことに気づいているのでしょう。だから影を放ったのでしょうが、あれくらいのものはいまの夜子にはなんとかなるような気がしました。本当は私は駆け出したかった。けれど駆け出せませんでした。それだけ疲労が濃かったのです。
「負けていた。私はあちら側だった」
異界の地面に膝をつき泣きました。
拝屋の口伝として聞かされていた奥儀は真実で、遥か昔、もはや忘れ去られた過去のできごとだと思っていたことは現在もそのままの状態だったのです。それどころかいつでも奥儀のとおりの状態になりえる。しかも私は拝屋樹のメガネに叶うほど非常に危うい、いつでも人外へと成りうる状態だったのです。
ですが、なんとかなりました。嬉しいのか寂しいのかどちらかいまだにわかりません。私は涙を手の甲で拭きます。これから、あの怪物と神宮寺晶さんがこの異界の一切合切を破壊するのです。拝屋樹も影も△市を模倣したようにある▽町も……しかし、涙を拭いてみた▽町にすでに怪物も神宮寺晶さんの姿もありませんでした。




