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匣の街  作者: Mr.Y
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△▽の怪異 #9

 すこし遅くなりましたが、黒咲夜子(クロサキ ヤコ)について話しておこうと思います。自分がよく知っているからと気にもとめず話をすすめてしまってすみません。

 黒咲夜子は五年前のUFO少女誘拐事件でなにものかに拐われたのが、突然誘拐された場所で保護されたのです。一切の記憶がなくなり誘拐されていたときの記憶もありません。ですが記憶を喪失したのは人間関係や自分周囲の位置情報などに限定されており、不思議なことに勉強したことや一般常識は忘れていない。△市については忘れているくせに都道府県、県庁所在地、宇都宮は餃子、大間のマグロ、大阪くいだおれ、などは忘れてない。彼女の話では医者にはPTSD、いわゆる心的外傷後ストレス障害や脳障害などではない記憶障害だろう。いつかしだいに思い出すだろうから落ち着いて生活しなさい、といわれたらしいのです。

 ちょっと、いままで夜子のことを軽く悪口気味に話していたかもしれませんが、黒咲夜子は悪い子ではありません。あえて単純にいえば裏表のない素直すぎる子です。善良かといえばどちらともいえず、本人は隠しているようですが常に他人の顔色をうかがう臆病な面をもっています。それが卑屈だとか卑怯な印象は受けず、どことなく愛嬌とすら感じました。その性格のほとんどはおそらく記憶をなくしたせいであることと、本来、二十歳過ぎにも関わらず高校生をやっている(せめて高卒したいらしい)という引け目から来ているのでしょう。私は夢での霊験とは別にしても彼女のことを守ってやらないといけないと思ってますし、彼女は私のことを面倒くさいと思いながらも「おもしれぇヤツ」くらいに感じてはいるでしょう。つまりは私たちは(私基準では)親友ということで間違いはないと思います。

 顔は人並みで高校では目立たず嫌われずのモブを装おとしているようですが、すこし浮いた存在でした。高三からの転入生で目立たない、というのも無理があります。高校生活を共にしていないひとが最後の一年でポンと現れたことになんだか不思議な人物という目でみられていることは間違いありません。おそらくは卒業文集や卒業アルバムなんかにも淡白な文章と集合写真くらいしか載らないのは目にみえています。ですから私の提案に彼女は「面倒くさいなぁ」と呟きつつ、目を輝かせていたのは私もすこし悪いな、という罪悪感もありました。

 それとは別の話になりますが、その週に神宮寺晶さんはずっと欠席でした。呪の効かない夜子をみて貰おうと登校してきたら話しかけてみようと思っていただけに残念でした。もっとも彼女は私なんか気軽に話しかけられなそうな雰囲気ではありましたけど。

(察してもらえてはいると思いますがスクールカースト的には神宮寺晶さんは上位、私はナードといったところでしょうか)

 それにしても黒咲夜子もオドオドとした態度を変え、もうすこし顔がよければ私も登校が楽しみなのですが。欲をいえば神宮寺晶さんみたいな鼻筋の通った感じで二重瞼に大きな目、透明感のある肌であったらもっと大事にしてあげられたのに。それには大掛かりな整形手術を夜子にしなければならないのが非常に残念です。

 せめて眼鏡をコンタクトにしてジト目を止め、そばかすをなんとかしてもらいたい。

 まあ、そのままの夜子も気を使わないのでそれはそれでいいのですが軽口くらいは許して欲しいのです。

 私はそんな夜子に対して騙して拝屋の怪異を祓おうとしました。狐を取り込んだ異質な魂と、夜子に対してなにもしない狐の不思議さがあります。まるでバラバラだったパズルのピースがかちりと嵌って一風景を映し出すように夜子と狐の魂は嵌りあっているのです。怪異のパワーをもって怪異を鎮めるなんて展開、少年漫画のようですが、やることはたぶん祭壇だか寺院の一部を破壊するだけですから地味なことこのうえないのが玉に瑕です。

 そもそも、八ヶ谷峠の情報が一切のメディアから消し去られていることから考えて<組織>が絡んでいるものと思われます。あの秘密結社はお父さんを使って△市で封印を行っていた。次は私を使って残りの仕事の仕上げをしようとしているのかもしれません。私は逃げることもできた。しかし、そんな考えが頭をよぎったとしても逃げることはしなかった。私にだって霊能者の一分(いちぶん)があります。ただ夜子を巻き込んでしまって申し訳ないと思っています。


 休日、八ヶ谷峠へのハイキングへ行くとき駅でみた夜子の姿が忘れられません。ハイキング帽に本格的なリュックに登山靴、歩く度にチリンチリンと熊よけの鈴が鳴るくらいの完全装備でやってきたのです。数千メーター級の山に挑む姿でした。一方私はウィンドブレーカーにジャージ、コンビニのビニール袋にお茶のペットボトルにサンドイッチという格好でした。これだけみても夜子のハイキングに向けての意気込みの差がわかりました。

 ひとを恨むようなジト目がさらに強いものになります。私は彼女のビームのような視線をすこしでもやわらげるため、ひたすらご機嫌をとりました。電車のなか、バスのなか、そして、八ヶ谷峠への山道。熱線のような視線と針のようにプスプスと刺す言葉。申し訳なさに私は自身のことを話ながら山道を歩きました。

「曾お祖父さんにあたる人が宗教を始めたんだよ。宗教法人とって世のため人のためて霊能力を使って人助けをしてた。けれど、お爺さんもお父さんも嫌だったみたい。霊能力がある人は人助けをしなくちゃならない、みたいなことをいってたのに。曾お祖父さんが宗教を初めてしばらくして八ヶ谷峠の村全員が教徒になったんだ。他の地域から来る人たちもいたらしいから、人望もあったのかも。けれど曾お祖父さんが急死して教徒たちが新しい教祖さまを望んだけどお爺さんもお父さんも拒否して、いまの△市中央区に住むようになった」

「じゃあ、これから拝屋教団にいって新しい教祖さまになりにいくってわけ?」

 すこし興味を持ったのか言葉にある棘がいくらかやわらぎました。

「いいね、それ! お供を引き連れて、教祖さまの御帰還! ってね。でも八ヶ谷峠はいまは過疎が進んで廃村になっているんだよ」

「へぇ、教団は?」

  「お父さん、そのことについてはあまり話したがらないからよくわからないんだけど。ただ、調べてみると曾お祖父さんが亡くなった頃に宗教法人を解散している」

「じゃあ、村の皆さん、目が覚めたんじゃない?」 「それがよくわからないんだよ。本物の霊能者じゃなきゃ教祖になれなかったかもしれないし、もしかしたら祀っている神が悪いものだった可能性もある。霊能力云々ていったって科学じゃないんだ。あっという間に変化することはないんだよ。ただ、変化したものをあるがままの姿にするだけの力っていった方がわかりやすいかも。呪われたり、憑かれたりしているものを解く。運勢を読み解くとか、みえないものをみるとか……第三者からみたらなにが起こっているのかわからないくらいの力なんだよ。それを宗教まで推し進めるには第三者にも納得いくだけのデモンストレーションも必要になってくるんだと思う。そのためには霊能力とは違う働きをするものが必要だった……」

「曾お祖父さんがインチキもしてたってこと?」 「それを調べたいんだよ。インチキしてたらそれはそれでOKさ。ただもし、呪う憑く側の力を使っていたら? それが問題。お父さんはなにもいわなかったけど。それが今現在も作用していたら? ここ最近は△市がなにか嫌な雰囲気がしてるしね。この八ヶ谷峠には川があって△市に流れているし、昔から心霊スポットとして有名だし……」

 本当は怪異を鎮めるためでしたが、そこは夜子を変に刺激しないようにいいました。やっとやわらいだ視線と言葉をまたもとに戻したくはなかったのです。

「それを調べたい、と。それはわかったけどさ。なんで私が一緒なん?」

「霊感ゼロだから。あの瓶の中身に曝されても平気だったじゃん。だから心霊スポットの廃村でも大丈夫!」

 ご存知のとおり八ヶ谷峠は心霊スポットですらありません。八ヶ谷峠についての情報そのものが消されています。

 ただ霊感ゼロの夜子なら簡単に拝屋が起こした怪異を鎮めることができると思っていました。

 そんなことを話しながら山道を歩きます。春日を木々の枝が天蓋のように多い、人気(ひとけ)もなく、ただ小鳥の囀りと夜子の熊よけの鈴が聴こえます。足元は木の根と剥げたアスファルトがあり、まるで文明の終焉がこの山で起こったような想像力が働きました。

 そして私たちは八ヶ谷峠の集落の入口に立つと夜子は感嘆の声をもらし立ち尽くしていました。

 集落の住宅後はそのままで物陰からひとが出てきてもおかしくないくらいの整然さと所々壊れた家屋があり、その不気味さが春日に照らされて哀愁を誘うのです。「来たかいあったでしょ?」と私の言葉に夜子は頷くのが悔しいのか、無言でスマホを取り出すとしきりに写真を撮っていました。

 そして廃墟の見晴らしのよい庭跡でお昼にしました。日常会話をしながら。学校生活についてとか、テストの点数についてとか、話は尽きることはありませんが、私のサンドイッチはすぐ尽きました。

 夜子が見かねたのかすこしおかずを分けてくれました。本当に手が込んでいるお弁当だったのです。色とりどりのものが並べられ、みていて楽しいくらいです。あれは朝早く起きて作ったのは間違いありません。すこし頂きましたが、なかなか美味しいのです。腹ごなしが終わると私はすこし伸びをして指と腕の体操をしました。

「さて、美味しい卵焼きと、この侘しい山村の風景も堪能したことだし、拝屋家、現当主のご帰還といきますかね」

 冗談めかしていったはずでしたが、気負った声が出ていました。

「着いてきて」と夜子にいうと私は旧拝屋邸にあるあの寺院へと向かいます。十分に準備はしてきました。気象、日にち、方位、術式、用意できるものは用意してきました。あの寺院だって入口付近までは行けるはずです。あのときは初見であの拝屋樹の姿をみて気圧されただけだと思っていました。この世ならざる姿にペテンを掛けられたのだと。しかし「やっぱインチキじゃなかった」と思わず声が出ました。

 気圧されたとか、ペテンだとかそういう類のものではないのです。これ以上はいけない、と身体が脳が精神が魂が総動員でいうのです。

 寺院手前の広い場所で私は膝をついてしまいました。

「なるほど……強力な力ね」

 夜子まで寺院を睨みながらいうのです。ですが私のように膝をつかないのは読み通りです。それどころかどこか余裕すらありました。

「悪いけど、私はここまでが限界……お願いがあるの」

 私は夜子にお願いしました。この寺院のなかにある御神体があるはずだから。その言葉が終わらないうちに夜子は「わかった。もし、大丈夫なら持って帰ってくる。でもダメなら……破壊するしか」と理解を示してくれました。

 なんだかいままで霊能を信じてくれなかったのが不思議なくらいの理解力でした。しかもおもむろにポケットからスマホを取り出し、寺院を撮影し始めたり、自撮りまでしているのです。

「余裕ね、夜子」

「まずは落ち着かないと」

 落ち着きすぎというか、この力を感じて尚ハイキング気分のままでいられる胆力にすこし惚れるくらいでした。ですから一切合切を話しました。魂のこと、霊能のこと、拝天會のこと……本当に私の知り得るすべてをです。ただ狐に関しては伏せました。なにかしらの影響があるかもしれないからです。

 私は額に脂汗をかきながら話しました。本当は一刻も早く逃げたかった。でもここで逃げるわけにもいかない。ポケットから梵字を書いた和紙を取り出し私の前に置き、印を斬りながら祓いながら夜子に話しました。しかし後ろにいるはずの夜子から返事がありません。

「ねぇ、夜子、私の話聞いてる?」

 私の声に夜子は私の前に立ちました。

「もちろん」

  夜子は手に軍手をはめ、ライト持ち、サムズアップで応えたのです。あまりの準備の良さに驚きました。

「じゃあ、ミッション開始っスな」

しかもなにやら準備体操までしはじめました。

「リラックスしすぎじゃない? もうちょい緊張しなよ」

 なにかしらの自信があるようだが、それか裏目に出て足元をすくわれないか心配だったので注意しました。

「ごめん。だってあんまり緊張すると『奴』に飲み込まれてしまうと思うから……」

 やはりなにか掴んでいるような言動でした。霊感ではまだなにも感じませんが、神宮寺晶さんの例もあります。狐と結合した夜子には私とは違う認知能力ができているのかもしれません。その力がなにかを感知したのか。よくみると夜子の額から汗が滲み出ていました。

「なるほど」

 確実に夜子は魂ですべてを理解してくれているのです。準備の良さ、私には感知できない『奴』……私は助けを求められたひとに逆に助けられているような頼もしい気持ちになりました。

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