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匣の街  作者: Mr.Y
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△▽の怪異 #6

 八ヶ谷峠へは家の仕事場(呪物や資料を集めた部屋です)にあった日焼けた古い地図を頼りに行きました。それは祖父か父が使っていたものだろうと思います。所々に赤ペンやボールペンで書き込みがありました。△市街の様子もいまとは違っていました。

 その地図には八ヶ谷峠としっかり印刷がされており、その文字の下にバツ印が書かれていました。

 市内でしたが、家から少し遠く電車を利用しました。△駅から下りでO駅に降り、バスで××沢前まで行きます。それから集落とは逆方向の山へ向かってしばらく歩きました。山道は一応舗装はされていますが、上へ登るごとにひび割れ剥がれていました。まるで道端の樹々が舗装を剥がそうとしているようにもみえまさした。それだけ人の行き来が少ないのでしょう。ただ途中、獣道のような脇道がありました。山菜採りくらいにしか使われていない道のようでした。

 不思議なのは家にあった地図をみつける前、色々調べましたが、ネット上にも地図アプリでも八ヶ谷峠の場所はわからなかったことです。図書館にも古い地図はないか調べましたが、昭和の頃の地図はなく、新しい地図ばかりであとは民俗学レベルの資料だけでした。廃村したからないのは当たり前だろう、とも思えますが、私の印象では誰かが八ヶ谷峠の存在を暗に消しているように感じました。オカルト界隈、廃村関係のサイトでもヒットしないかと検索してみましたが、それでも八ヶ谷峠の存在は知られていません。

 さすがにおかしいと思いました。一時は宗教として一村まるごと取り込み法人化して運営していたのです。それがオカルト雑誌MUの記事の一部だけにしか取り上げられていないのは、明らかに何者かが意図的に八ヶ谷峠の存在を消しているように感じられます。もしララさんが八ヶ谷峠について調べたいのなら十分に気をつけた方がいいかもしれません。

 おそらく<組織>が関わっている可能性があります。


 山道を登り切ると開けた場所に着きました。

 小鳥のさえずりとすこし冷たい風が辺りにありました。目の前にはまばらに草が生い茂っており、遠くに家がぽつりぽつりとあります。山道と村の入口に辻切り、天狐の跡がないか調べましたが数十年という時の流れに注連縄や呪具はすべては朽ち果て土に戻ってしまっているようでした。それに集落までいく草がまばらに生えているところだって、田んぼの跡だったのでしょう。(あぜ)もなくただ薄く大きな水溜まりがあるばかりでした。地図によるとここが八ヶ谷峠に間違いありません。

 集落を歩くと家々の間には若樹が生えてきており、庭と思われる場所には草が生え、風雨によって割れた窓から背の高い草が顔を出しているようなところもあります。家々はまだ朽ちることなく立ちつくし新しい主の来訪を草木に包まれながら静かに待っているようでもありました。

 そんな人類が去った地球のような村を歩くと自然に足は坂道を上がっていました。拝屋家はおそらく村の外れにあるのではないか、と思ったのです。

 拝屋家は山窩(サンカ)だったと聞かされていました。山の民で山岳信仰の修験者だったとも。つまりは元々村の住人ではないから村のはずれに居を構えたのではと思いました。そうなると山の下の集落と行き来のできる便の良い下の方ではなく、山と集落の間に位置する上の方だろうと思い歩いていたのです。歩いて来た山道からさらに村の坂道を歩くのはさすがに疲れてきました。足元をみながら歩いていましたが、ふと見上げるとそこには異様な木造寺院があったのです。

 それはどこの国、どの宗教にも属さない木造建築でした。さきほど寺院と書きましたが、その寺院という言葉は適さない気もします。孤独に精神を蝕まれた外枠芸術(アウトサイダーアート)の粋を結集してできた建築物にみえます。その左脇に普通の日本家屋があり、そこが旧拝屋家だったのでしょう。その日本家屋と寺院の対比で目にした者に平衡感覚を失わせるような違和感を感じさせます。家屋がまるで外枠芸術の建物に侵食されているような違和感です。家屋のほうは動物や植物などまだ理解できる形になっているのですが寺院にいくに従ってより抽象的なうねりとなり理解不明な流れとなって、図形と曲線の概念となり、あとは人類の知りえない有害思想に蝕まれた歪んだ寺院の姿になっていました。そしてその寺院には窓もなくただうねるようにそびえており、入口が存在することがまた奇妙に感じました。その姿は深海の目も鼻も持たない生物がただ口を開けているようにもみえます。

 明るい昼過ぎでしたが、辺りが暗くなったような気がしました。さきほどまで聞こえていた小鳥のさえずりも風が枝を揺らす音も聞こえないのです。入口からなにか動いているような気すらしました。

 おんあびらうんけんばざらだとばん。

 私は拝屋家に伝わる真言を唱えます。

 これは魔除け、呪術、霊能に関わる拝屋の呪文だと思って下さい。この呪文が拝屋のすべての根幹を成すものです。

 私は唱えながら一番近くの家に飛び込みました。その家の玄関からそっと戸を開け隙間からあの寺院を覗き見ます。霊視と目視、双方の目で見、さらに口からは真言を小声で唱えていました。これで大抵の怪異は脅威ではありません。惜しむらくは文具と呪具が欲しかったですが、私には自信がありました。

 まだ昼過ぎです。はっきりと物自体の輪郭が見えます。区切り、仕切られるのを嫌う霊的な者はこれを嫌います。だから夜闇に紛れ活動するのです。

 ですから姿は表しても朧気な気配のようなものとばかり思っていましたが、はっきりと出てきたのです。それは霧のような存在で寺院の出入口から出てくると霧というより透明な液体のように空に漂い、クラゲのような姿になりました。そして、一定の高さ(家の屋根のすこし上)にまで浮遊すると部屋に漂う煙のように薄く平たい円盤のような形になり発光し始めたのです。その姿は昔の特撮映画のなかのUFOの姿のようでした。あまりに現実との風景に溶け込まず異質な存在でした。

 こんなにもはっきりと、しかも昼間に霊的なものを見たのははじめてだったので呆気にとられるばかりでした。それに真言が効果があるのかわかりません。むしろミサイルなどの火器が必要ではないか、と思うくらいの存在感なのです。

 そう、存在感。

 霊的な存在なのに確たる存在を持って現世に現れている。これは言葉通り常を超えた現象――超常現象でした。

 私はUFOに目を奪われていたので気づきませんでしたが、いつの間にかUFOの下にひとがいました。

 頭髪は無く禿げており、遠目でも皺の刻まれた顔だとわかりました。老人の風貌でしたが背筋をピンと立て、黒いスーツ姿で白シャツ、ネクタイはしておらず、手をスラックスのポケットのなかに入れUFOを見上げていました。

 私はこれが宇宙人というものか、と思いました。

 その宇宙人はUFOになにやら話しかけていました。私のところまで声は聞こえましたが、なにをいっているのかまるで理解できません。するとUFOは唸りのような声を上げ、音もなく空を飛んでいきました。その速さは凄まじく、私はそんなに速く飛ぶものをみたことがありません。あえて喩えるなら、まさにUFOのような飛行でした。しかもその速さで飛行したにも関わらず、大気を切り裂くような衝撃はおろか風ひとつ立てないのです。

 宇宙人は満足そうに頷きました。

 その姿や現れた場所、霊的生物だか兵器を操る様をみて私は確信しました。あの宇宙人は私の曾祖父さんの拝屋樹だと。

 その後、何体かのUFOクラゲを寺院から空へ放つと満足そうに笑って寺院に入って行きました。

 私は彼が去るとゆっくりと用心しながら寺院に行きました。さきほどの異様な光景も幻だったのではないか、というくらいの春陽に照らされています。空にはいくつかの雲がたなびき、夕暮れに向かってやや冷たい風がウィンドブレーカー越しに感じられました。そして、寺院の周りを回り出入口がひとつしかないことを確認すると意を決して入ろうとしました。そのなかにはなにかがあるはずなのです。

 拝屋樹や拝天會信者が行った異世界との出入口と拝屋樹が掘り出したといわれる土偶などが。

 入ると窓のない建物です。暗さに目が慣れるまで通路の暗闇をみていました。しかしその暗さは目を通して私のなかに押し入ってくるかのようでした。一歩一歩歩き出しましたが、周囲の暗闇が私のなかへ侵入し、蝕むような気配が強くなり、私の口から自然と真言がこぼれ出していました。暗闇が、指のように絡みつく。呼吸が浅くなります。

 しかしその侵食は止まりません。呼吸するたび喉奥がひりつき、目には暗闇が入ってきて脳を塗り潰すような気分になってきました。

 さすがにヤバいと後ろを振り返って駆け出しましたが、背後からなにかに掴まれる気配がありました。それは私を飲み込み自らの一部、暗闇そのものにしたいような欲望を持っていました。その欲望の存在感がぬめぬめと服の上から肌を這いました。

 私はその吸引力に抗いながら光に向かってただひたすらに地面を蹴り続けました。

 光のある場所で引き剥がされた闇は寺院の出入口からでることはできず、その残滓は私の魂にこびりついていました。

 呪であり怨でもあるソレは私に憑くとまるで蛭が皮膚から血液を摂取するように付着しているのです。私の魂の一部、胸(心臓部)に付着しているソレは私からなにかを摂取していました。ソレは熱く湿り気を帯びて次第に広がり、甘く疼き痺れをともなって魂の奥へ奥へとくすぐるように這って行きます。私も呼吸するたびにその熱さに当てられたのか、熱い吐息になっていきます。けれどその力は弱く害になるほどの状況でないので、ソレがなにをしたいのか興味がありました。するソレは次第に脈打ち膨れ上がり広がっていきます。不思議と不快感はないのが逆におかしいような気もしてきました。なぜか私の鼓動も呼吸もソレに呼応するように早くなります。

 おんあびらうんけんばざらだとばん。

 これだけ生物的な霊は初めてだったので、もう少しソレがなにをするのかみていたかったのですが、場所が場所だけに修復不能な状況になっても不味いので、真言とともにソレを消し去りました。

 しかしその魂の部位に不思議と名残り惜しさの気配がありました。ふれるとそこはまだ柔らかく熱い感触を帯びており、私の顔は火照るように熱くなり、情けない声すらあげてしまいました。

 いまのままではあれ以上は踏み込めない歯がゆさがありました。ただ日も暮れかかってきており、私は帰るしかありません。夜闇はあいつらの領域です。そしてあの寺院には必ずなにかあるのです。拝屋樹は拝天會を異界送りにしたにも関わらず、UFOクラゲを使ってまだなにかしようとしている。

 そしてお父さんはおそらくあの寺院を祓おうとして返り討ちにあったのだろうと思いました。

 あの生物的な霊や拝屋樹、またはUFOクラゲにやられたのか。ただ拝屋だったがゆえに命だけは助けられるという温情をかけられたのかもしれません。

 だから私があそこを封印しようと決めました。

 霊能に目覚めた人間の本能のようなものです。悪霊、怨霊、忌地――汚穢(おわい)は祓わなくてはならない。

 しかしそれにはいくつかの備えと協力者が必要でした。

 私は魂の蝕まれた胸を押さえ、親友・黒咲夜子(クロサキ ヤコ)の顔を思い出していました。魂の大部分を失った彼女なら侵食する部位はないはずですから。

 少々、乱暴な作戦ですが、私が祓いに徹すれば大丈夫なはずです。UFOクラゲを空に放つのは昼過ぎ、それも夕暮れ近く、いわゆる逢魔ヶ時を狙っているのでしょう。その時間を外せばいい。

拝屋樹とUFOクラゲは得体が知れなすぎてどうしようもありませんが、寺院にいるアレくらいはなんとかなりそうでした。

 でもそれにはまず彼女に霊の存在を信じてもらうしかない、と思いました。第一、彼女は私が霊能者だということを信じてはいないのです。

悩みながら家に着くともう日は暮れ、辺りは真っ暗でした。空を見上げれば星もみえました。その夜空のなかにあのUFOクラゲが紛れ込んでいると思うとなんだかイライラしてきました。拝屋樹がなんのためにかわかりません。実際のUFOのようにアブダクションだかキャトルミューティレーションだかの真似ごとをしてひとを誘拐しているのかも知れない、と思うくらいでした。

 ひとが夜空を見上げるのは天体観測くらいで大抵は夜道を躓かないように下をみて歩く、UFOクラゲが近づくのも容易なのかもしれません。

 そんなことを考えながら我が家に着くとなぜだか暗かったのです。

 電灯もなにもかもが微かに光を失っていました。

私はただいま、の挨拶より早くなにがあったのか、とお母さんに訊きました。お母さんが「さっきお客さんが預かって欲しいといって呪物を預かったけど、大変なものを預かったのかも」と私の言葉に不安そうにいいました。

「お父さんも行方不明者だし」

 頼りのお父さんがいなければ霊的なものは私がみることになっています。私はその預かった呪物をみてみました。

いつものジュラルミンケースに御札を貼るという処置に不手際はありません。なかをみるとクッションに埋もれて長細い御札にぐるぐる巻きにされたアロマボトルがありました。

 この御札が妙でした。こういうものは文言は一流派で固めるのが定石ですが、三つの文言があり、そのどれもが互いを補強し合っているというみたことも聞いたこともない封じ方だったのです。

しかも封じ方ばかりか文字もみたこともない文字でした。記憶を掘り起こしひとつの可能性をみつけました。

 おそらく神代文字です。

 縄文の頃、漢字が海を渡ってくるまで霊能者によって使われていた文字のことです。しかも三つとも違う文字で書かれている。

私の少ない知識で申し訳ありませんが、おそらくは大和朝廷以前の古代日本王朝である津軽の荒覇吐(アラハバキ)、神代富士王朝、諏訪の御射宮司(ミシャグジ)、この三柱だろうと思われました。

(他にも出雲、邪馬台がありますが、文字の雰囲気がどうも違うようでした)

しかし、それら強固な封印をもってしても溢れ出す気なのです。霊感の弱いお母さんもどこか不安がっている。しかし強固な封印ゆえ気だけしか出ていない。

 このみたこともない堅牢な封印に私は「これ、みせたら夜子も霊を信じるかな」と暢気に思ってしまいました。

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