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匣の街  作者: Mr.Y
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△▽の怪異 #5

 しばらくはなにもない日が続いた。それは特別ななにかがないという日であり、日々仕事と家事、趣味に没頭する毎日だということだ。少なくともぼんやりする時間はないが取り立てて特筆すべき日常ではなかった。

 ただ相変わらずハンドバッグに盗聴器があり、日々私の声を拾い続けているのが、なんとなく嫌な気分なくらいだ。

 キキの話では<組織>の連絡が来るまで私のハンドバッグに置いて欲しいという指示らしいから、この盗聴器は恐ろしく高性能なのだろう。それとも録音式だと私が思っているだけで音声は常に電波で<組織>の元に送信しているのだとも考えられる。けれどそのうちキキの元に<組織>から連絡がいくだろう。そこからが勝負だ。私がキキに成りすまし盗聴器を渡しに行こうと思っている。<組織>に訊きたいことが色々あるからだ。会えるかどうかはわからないし、本当にヤバい場合はすぐに逃げるつもりだ。

 私はその盗聴器をハンドバッグに忍ばせながら日常生活に精を出していた。拝屋雫から訊いた話をまとめあげ、疑問箇所を洗い出しているだけで話の続きが書けそうだったが、いまこの心持ちで書いたら少し後悔しそうな気もした。だから私は雫からの返信メッセージを待っていた。

 そもそも名刺で印刷されていたQRから入ったSNSはXで『拝屋』とアカウントがあり固定メッセージには「拝屋です」というメッセージとメールアドレス、電話番号があるばかりだった。

 もしかしたらお客との連絡用につくったようなアカウントかもしれない。ただフォロワー数が数千くらいだった。だがフォロワー数のわりにポストもなく静かに止まっているアカウントで、なぜかプレミアム会員になっていた。SNSのソーシャルのソの字ばかりかSの字もないようなアカウント。それがネット上での拝屋雫の姿だった。

 一応、フォローして、メッセージの文章を考えているときに「お世話になっております。拝屋雫です。例の件、長文になりそうなのでメールで送りたいのですが、よろしかったらメールアドレスを教えていただけないでしょうか?」と送られてきた。

 私のアカウントが小説家になろうのハンドルネームと同じだったからわかったのだろうか。

 私は自分のメールアドレスを教えると「ありがとうございます。文章ができ次第送らせていただきます」そう返信があったきり、私のメールボックスは沈黙を続けていた。

 あれから数日過ぎたがなにも送られては来なかった。

 きっと拝屋雫は長文を書いているうちに私に触発され小説を書こうという気になり、どこかのコンテストに募集したくなったのか、はたまた少年漫画のように凶悪な妖怪と戦うことになり苦戦のなかで数千のフォロワーの支援の元、ようやく勝機を見出しているのかもしれない。

 そんな妄想がはかどるくらいなにもなかったが、ある日、洗濯を終え風呂も入ってお父さんからもらった干し柿を食べるためにノンカフェインのお茶を選んでいるときにスマホの着信が鳴った。

 どうせ、友人からのお誘いだろうとのんびりとティーパックを選んでお湯を注ぎ、テレビかYouTube、それともストリーミングサービスでドラマでも観るか、と思っていたが、スマホを覗くと私は驚いた。待ちに待った雫からのメールだったからだ。

 これには昔、つき合いたての彼氏からの連絡にも似たときめきと同様のものを感じてしまった。

 しかも開くとスマホの画面中びっしりと文字で埋め尽くされるのだ。さらにいくらスワイプしても果てなさそうな長文だった。

 私は干し柿をお茶で流し込むと歯を磨き、ベッドに横になった。これはくつろいでいる場合じゃない。待ちに待った△市UFO事件の裏で起こっていた怪異の真相なのだ、と期待に胸を膨らませた。

 (せわ)しない日常がゆっくりと別のものに変わってゆくのを感じながら。

『お世話になっております。月空リリ様。いえ、星野ララ様といった方がいいのかな? 拝屋雫です。

 私は文章を書くのは学校で習ったくらいで自信はありませんが、話すよりはいくらかは正確にあのことの顛末を語ることができるかもしれないと思いました。最初はXのメッセージの文字数で書ききれると思いましたが、書き始めるとどうにもそれだけでは足りなくなってしまい、メールアドレスを送ってもらう形になりまして、大変お手数でした。すみません。

 それでは△市UFO事件の裏で起こっていた怪異を話したいと思います。けれど私にとってもわからない部分は多く存在します。私が関わった他にもなにかしらの要因があったのは確かです。そこはララさんに調べてもらうとして、私は私の関わった範囲で話させていただきます。

 ことの起こりはある夢でした。そこで見知らぬ女性に頼まれたのです。私を助けて欲しい、と必死にいってきたのです。UFOに拐われたけどなんとか逃げることができたとか、信じ難いかもしれませんが、夢のなかの私は助けを求める彼女に、必ず助けると約束しました。そうすると目が覚めたのです。

 五年前くらいにこの△市に十七歳の女子がUFOに拐われるという事件がありました。それはご存知ですよね。△山公園で起こったUFO少女誘拐事件としてオカルト界隈では有名です。おそらく私のみた女性はその事件で拐われた少女Aだろうと思いました。ネットで調べましたが人名は出てきません。未成年だったのでその辺は伏せられたのでしょう。

 私は困りました。夢のなかだろうと依頼は依頼です。夢といっても霊能者がみた夢はユングだかフロイトだかのいう無意識がみせた幻想というものではありません。しかも明晰にみた夢には必ず意味があるものです。しかし名前がわからないとなると依頼者がわからず、しばらく悩みましたが、その悩みも数日で解決しました。通学時、電車のなかであの女性に会ったのです。顔をみた瞬間、このひとだとわかりました。ただ夢でみた女性より少し若く私と変わらないくらいの女子高生でした。しかも私と同じ学生服を着ている。私はしっくりときました。霊能とは現実の法則を越え、なにかしらの作用を及ぼすことがあります。これは霊能者同士でもなかなか理解されないものですし、意図的に使える力でもありません。さきのユング、フロイトの提唱した無意識と同じく理性で操作できない無意識下の霊能というものがあり、それが自然と作用する場合だってあるのです。例えば予言、予知とか、それは時空すら超えた認知が得られる場合もある。この辺は長くなるので割愛します。

 そのひとは黒咲夜子(クロサキ ヤコ)という名前でした。UFO少女誘拐事件は五年前の話です。ですから夜子は誘拐事件のときに十七歳でしたから本来二十二歳のはずなのです。夢でみた夜子とは少し違っていました。二十二歳にしては少しあどけない感じです。そして私に助けを求めたことを知りませんでした。そもそも名前と一般常識、勉強したこと以外、記憶を喪失しているのです。なにがどうなっているのかわからないけどなにか確実な違和感がありました。よくよく私の霊能でみてみると魂の欠損がみられたのです。あるべき魂の形をしていない。まるでその姿はまるで地縛霊の残滓のようであり力のない影があるばかりです。けれど普通に生活している。それは私に切り刻まれた単細胞生物を連想させました。切り刻まれ、ばらばらにされてもある一定の温度と栄養さえあれば生命活動を続けられる。彼女もそういう状態なのだろうと。その上で県内有数の進学校である△高の授業についていき、私と普通に会話でき、家族ともうまくやっていけているようでした。魂は形を変えていますが、高度な知恵と精神活動を維持している。まるで人類を遥かに超える霊的超常者に魂を生きるぎりぎりで腑分けられたようにも感じられました。そこでわざと気を悪くするようなことやセンシティブな発言など様々なことを話しましたがただただドン引かれるだけです。その反応は通常のものでした。

 ですから、もしかしたら、夜子は二十二歳の夜子とこの△市にいる十七歳の夜子とに別れたのかもしれないと思いました。(このときはわかりませんでしたが、(のち)に確証が得られています) ただ△市に帰ってきたのは十七歳の夜子だったのでしょう。それで二十二歳の夜子の方はどうしているか、という疑問が残りますが、ここはよくわかっていません。だいたい肉体という物質になぜ魂という精神体が結合しているのか。それがどうして相互に作用し合っているのか科学者も霊能者もまだ解明していない問題ですから。

 もしかしたら夜子が特別な人間だったのか(二重身やドッペルゲンガーなどの例が過去にあります)、それとも超常の霊能、科学者によってそうされたのかもしれません。

 とりあえず、話を戻します。

 しばらくして私たちは仲が良くなりました。

 意外かもしれませんが私はクラスから少し孤立しています。そして新しく転校してきた(学校ではそういうことになっています)夜子はクラスにまだ馴染めてない。そういう境遇が私たちの仲にうまく作用したのかもしれません。

 ですが、夜子の周囲が不穏になってきました。彼女と交友関係を築こうとしている(やから)が集まってきたのです。それ自体は良いことなのでしょうが、夢でみた夜子の言葉が思い出されます。私を助けて、と。つまりなにかしらから守らなくてはならない。私は彼女に群がる輩をなんとなしに排除していきました。

 意外かもしれませんが私はなんとなくひとを遠ざけることができるのです。それが霊能によるものか人格によるものか定かではありませんが。

 そうそう、夜子に近づいて来た輩のなかに戌角(イヌズミ)先生もいました。(のち)に△市UFO事件の折りに恐らく<組織>によって不注意を装ったガス爆発に巻き込まれ殺されています。ですから夜子に集まってきた輩は<組織>絡みで間違いありません。そして私のお父さんも<組織>の構成員でした。数年前、<組織>に頼まれ▽町に行方不明者を探索に行って軽度の霊障を受けました。△市UFO事件の前には足繁く△市公共建築改修工事に駆り出され、人知れずなにかしらの封印をしてまわっていたようです。(以前、話しましたがその後、お父さんは行方不明者になっています) その他にも夜子に近づいた輩の件もあります。つまりこの時期、<組織>は通常の構成員だけでなく、新旧、様々なひとを臨時で構成員にしていたのかもしれません。

 ちなみにお父さんは私には一切黙っていました。けれどお父さんが感じている不穏な気配を私も感じていました。それは拝天會にも通じる気配でした。理屈や理論を超えた第六感、勘のようなものでそう思ったのです。それに△市全体の雰囲気が違ってきていました。街のあちこちに霊能者らしき雰囲気をまとった姿を見掛けます。そして工事は遅々として進まず、なにかしらで(つまず)いてるようにも思えます。あの工事現場を覆うようにある防塵防音フェンスがまるでこちらになにもみせないように設置した目隠しのようにもみえてきました。

 私は一度、拝天會の総本山、八ヶ谷峠にいくことにしました。

 私がそこを知ったのは幼いとき、お父さんとの会話のなかでした。拝屋家はどこから来たのか、家族でいまの家に来たのはいつなのか、そんな些細な会話のなかでです。ですが、八ヶ谷峠の話をした途端、お父さんはその話をしなくなりました。そのときはどうしてなのかわかりませんでしたが、霊能者としての修行のなかで「怪異に曝された者はそれを普通だと思い込まされ、また覚めても怪異に近づかなくなる」と教えられました。狐や狸に化かされた、という状態です。どんなことをされても違和感を覚えないし、なぜか騙される。そして化かされたことがわかると狐や狸を必要以上に恐れるようになる。言い伝えや民話は霊的に機知に富んだ話だと思います。お父さんは八ヶ谷峠でなにかしらの怪異にあっているのではないか。それは拝天會の何者かに怪異を操られたのか、それとも祓われ調伏されたのか。お父さんほどの霊能者に勝る存在が八ヶ谷峠にある。もう地図にすら載っていないあの廃村に。

 私は休日を使ってひとり八ヶ谷峠へ向かいました』


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