表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
匣の街  作者: Mr.Y
42/55

△▽の怪異 #3

 神社仏閣ではなく公共施設、駅、公園などを封印の要とし、さらに北斗七星の形に封印を強化する。それにより異世界への道を封印していたとしたら「ちょっと待って! △市ってそんな、ヤバい場所だったん?」と思わず雫に訊いた。

 しかし、私の心配する声とは裏腹に気楽に手を振りながら「いやいや、そこは大丈夫っス。よくあることですから」と笑い声で答えたが、なにが大丈夫なのか。本当によくあることなのだろうか。これが真実なら△市UFO事件どころではないだろう。この先なにが起こるかわからないのではないか。

「だって△市という名前は普通にある地名ですし、昔からなんとなく封印は守られていた、ということになります。それは土器や遺跡からもわかります。縄文、古墳時代以降に祭壇や遺跡がない。重要な場所と思われる場所に神社仏閣が建てられていないのがなによりの証拠です。これが忌み言葉が付けられた地名だと注意が必要ですが」

「そんなとこある?」

 忌み言葉がついた地名について雫は話し始めたが、冗長となるのでここでは割愛する。

 確かに災害がよく起こる場所に(ちな)んだ名前を地域につけて後代に注意を促す目的もあるだろう。しかしそればかりか霊的にも注意が必要な地域に名前をつけることがあるという。

「そんな日本中ヤバいところがあるってこと?」

「はい。けどそのために霊能者がいるので」

 なるほど確かにそうに違いない。科学が発達して電話やら調べ物やら文章、写真のやりとりができる小さな板をみんなが持っている時代になっても霊能者はいる。しかも私の目の前にだ。火星に人類を送ると豪語しているイーロン・マスクだって日々の生活で陰ながら霊能者にお世話になっているのかもしれない。

「ちなみに日本で一番ヤバいところはわかります?」

 関心して無駄な妄想をしていた私にクイズを仕掛けられた。そんなこといきなりいってもわかるわけがない。けれどなんとなくのってしまっている私がいた。

「恐山とか? 地獄谷とか?」

 我ながら安直な答えだ。あまりに安易で直線的で自分でも惚れ惚れするくらいだ。賭けてもいい。不正解だろう。

「ああ、なるほど。名前が名前ですしね。恐山はイタコさんとか霊能者も多数いらっしゃいますし。けどあそこは名の知れた霊場ですし、ちょっと違います」

 地獄谷に至ってはスルーされた。いっそすべてスルーして答えをいってくれ。なんだか私がいたたまれない。

「一番日本でヤバいところは東京です」

 思っていた地名からもっとも遠い地名が出てきたので「はぁ?」と変な声を出してしまった。

「東京は古くは江戸と呼ばれていました。言い換えるなら穢土(えど)。浄土と対となる穢れた土地です。他国から来たGHQすら手をつけられなかった。かの大怨霊・平将門の墓もあります」

「けど都会だし、怪異とか霊とかと随分遠くにある場所じゃない?」

「△市は現在、都市計画の一環で異世界への道を封印しています。これはおそらく古代にも同様だと思います。だから改修事業で土器や土偶などの祭事場跡が出てくる。中世近代にいたっては辻や地域の境を地蔵や唐申塔、道祖神、塞ノ神を用いて封印していたのではないでしょうか。霊能者は人知れずその管理をしていた。東京も中世近代には同様の封印をしていたのだろうと思います。それは江戸時代はじまりに、わざわざ海を埋め立て、土地を造り、築山や坂道を造り、江戸全体を水路で覆い、日光東照宮を建てたことにより一時的な完成をみた。ただ江戸時代中後期には水田や稲の神様である稲荷神社の流行や北斗七星に関しての流行、伊勢参りなど信仰に関しての流行が度々起こっていたようです。なにかしらの怪異に対しての防御策があったのだと私はみます。そしてその都度、封印の強化がなされていった。明治にはついに江戸(穢土)の名も捨て、天皇をその都市の中心に招き入れ日本一の大都市・東京となった」

 雫の話が本当だとしたら異世界や怪異の封印が都市の繁栄に繋がることになるのではないか。そこは謎だが、その謎と同時にふとそれらの封印がすべて無くなったらどうなるのかという疑問が湧いた。東京がすべて真っさらになってしまったら、この世は異世界と繋がってしまうのではないだろうか。

 いや、一度、存在したはずだ。東京が更地のようになにもなくなったときが。

「それが本当だとしたら東京大空襲のとき一面焼き野原になったんじゃなかった? 封印という封印がすべてなくなったんじゃ」

「そのとき皇居に神代より続く本物の三種の神器が存在していました。それ自体が強力な封印となったのでしょう」

「本物の三種の神器?」

「そうです。写しではない本物の三種の神器です。八咫鏡は伊勢神宮内宮にあり、草薙剣は熱田神宮。八尺瓊勾玉は皇居の剣璽の間に安置されています。しかし大東亜戦争後期の折り、劣勢を強いられた日本軍はついに米軍との圧倒的戦力差を霊験によって覆そうとした。昭和天皇は軍部からの提案を呑んだ。そして秘密裏に写しではない本物の三種の神器が東京の皇居に集められた。日本神道界最大にして最悪の暗部、フランクリン・ルーズベルトの呪殺が執り行われた」

 雫は憎々しげにいった。

「私もそれを聞いたとき信じられない気持ちでいっぱいになりました。本来、国家安寧のための神器であり、天皇家の正統性を示すためのものをよりによって呪殺なんて下衆なことに使おうなんて。成功したものの。古代とは違うんです。ましてや米国は民主主義国家だ。トップが亡くなったところでまた新しいトップが選ばれるだけ。つまりはまるっきりの無駄。ただ神器を人殺しの道具として使った汚点が残るばかりになってしまった」

「けどそのお陰で焼け野原でも異世界に繋がらなかったし、怪異も起こらなかったんでしょ?」

「確かに……それにしてもわずかながらには戦時下の闇でなにかしらが起こってはいたでしょう。私にはわからない途方もなく巨大な物語が存在したかもしれません。確実なことは歴史に残るような怪異は起こらなかった」

「じゃあ、汚点ばかりじゃないんじゃない。別に人殺しの肩を持つわけじゃないけどさ」

「戦争ですからね。仕方ないこともあったのでしょう。戦時下は霊能も科学も法も倫理も外道に堕ちた。話に聞くだけですが戦争は本当に嫌なものです」

 雫は急須から一度使った茶葉を茶こぼしに入れ、また新しい茶葉を急須に入れるとポットのお湯を注いだ。

 私は二煎目でもよかったのだが、雫は自身を落ち着かせるために新しい茶葉を入れたのだろう。

「そして、戦後目覚ましい発展を遂げた東京にまた神社仏閣が再建され、他に山手線や首都高速ができました。さきほどもいいましたが、現代の建造物は古代の祭壇や祭事場から比べればはるかに巨大で土地の持つ意味をまるっきり変えてしまう。それこそ地名までね。それは同時に封印としての意味もあります。そして更に巨大な魔法陣とも呼べるものをつくった。皇居をぐるりと周回する山手線や首都高です。その常時流れ、周る。つまり印を切り続ける魔法陣となる。それは昼夜問わず描かれ続けます。この封印を解くには核兵器が必要なくらい堅牢なものになった」

 雫は急須からお茶を注ぎ私に渡した。

 私は蒸らしすぎたそのお茶を一口飲むといった。

「そもそも怪異とは?」

「非日常。こちらの世界とは違ったもうひとつの世界からの侵食です。そのもうひとつの世界から人類はやってきた、と拝屋は代々言い伝えてきました。だから穢れているのだと。いけとし生けるものなかで一番穢れているのが人なのだと。だから人類の発展とともにこちらの世界の破壊が進むのだとも」

「ふむ。怪異は人類にとって怖いものだが、人類もまた自然破壊する怪異ということ?」

「だいたい合ってます。お父さんの話ではあちらの……深淵よりこちらにやってきて原始人類と交わり人間になったと聞いています。人類黎明期、他の人類より頭脳も力も劣っていた。けれど結果は他の人類を滅ぼし繁栄した。その優位性はなんだったのか。それは他の人類と違って想像力があった。抽象的な概念(神や国、一族など)を操って巨大な集団となれた。個々での戦力差を数と策略で圧倒できましたが、おそらくあちらでは逃げ惑うばかりの被捕食者であちらの生物にとってただの餌だったのでしょう。今日(こんにち)の怪異に対する恐怖心は本能的なものですから。こちらに来てもわずかなあちらの影に怯えた。すこしでもあちらの影を感じると霊能者にその除去を頼んだ。古代社会において霊能者が社会の頂点に立ち人々を導いてきた、ということからもわかります。霊能者だけが怪異に太刀打ちできたからでしょう。そしてあちらの世界へと繋がる道を封じ祓ってきた。永い年月、呪術や呪いなどの霊能を駆使し深淵からの来訪者を阻んできた。それを一通り成し終え、ようやく人類はこちらの世界を理解するための思想が芽生えた……そう、科学です。人類は七百万年かけた霊能の果て、ここ二千年間でようやくこちらの世界への視野を持った。だからこの世界を理解し急速に発展できた」

 なるほど。拝屋家の霊能史観は思っていたより壮大だった。これは一考の価値があるし、一種の説得力もある。詳らかに取材すれば東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)竹内文書(たけうちもんじょ)みたいな面白い話すら書けそうだった。

 雫の話を振り返れば曾祖父さんの拝屋樹は深淵と称したあちら側の血が濃かったのだろう。今日(こんにち)の人類とは違った外見だった、という言葉から想像できる。祖先帰りのようなものだろうか。すると目の前の少女から感じる違和感のようなものも、その血が起こさせているのかもしれない。

「それで、なんで〈組織〉は△市の怪異を呼び起こそうとした?」

「それは他の地域と違って安定していたからではないでしょうか。そして公共施設改修工事計画が上がっていたので、その改修工事をやりながら調査できると踏んだのではないかと思います。拝天會を操っていたときは封印は安定した状態だったので、その安定状態を維持しつつ、拝屋樹という超常の霊能者を操り暴走させたのではいか、と」

 あくまで、私の推察ですが、と雫はいった。

 確かに筋は通っている。その慎重な口調は彼女自身、このことについて何度も熟考していたのではないかと思わせた。

「じゃあ、その怪異の果てに幸い被害者は少なく、最後にUFOが△市の空に舞い上がったのはなぜ?」

「それこそ私の身に起こったことなので詳細に話ます。私も私のなかでこのことをうまく処理できていません。だからこうやって他人に話してみたいのだと思います。こんな話をしても大抵のひとはホラ話として聞き流すだけだろうし、ね」

 そのときインターフォンが鳴った。

「あっ、キキさん、戻ってきたかも!」

 雫は慌てて私の脇にある座布団の上に座椅子をのせたハンドバッグを隠したオブジェクトを一瞥し、私に目で合図すると玄関へ行った。

 なんとなく私はこのままでもいいかな、と思った。

 ちょっとキキが驚く顔をみてみたい、といういたずら心がくすぐられてしまった。秘密結社の構成員がそのことに気づいたらどういう顔をするのだろう。

 そのとき「ああ、ありがとうございます。これが領収書になり……」という声が聞こえてきた。

 領収書くらい客間に通してから渡してもよさそうなものだが、どうやら雫は甲斐甲斐しく私が片付けるための時間稼ぎをしているのだろう。

「やれやれ」

 まるで村上春樹の小説の登場人物のような言葉をリアルでいうとは思わなかった。

「よ!」

 私と同じ顔が客間に入ってきた。

 私も「よ」と応じた。

 後ろ髪引かれる思いもあったが、私の脇にあったオブジェクトはすでに片付けてあった。

「それにしてもお父さん久々にヒットして玉箱積み上げててさ。ありゃ、動けんわな。なにが死兆星がみえたから行かない、だ。それにしてもあんなに当たるなんて、こりゃなんか起こるわ、きっと」

 いやいや、起こってるよ、少なくともキキちゃんには。

「ララ、どうしたん、にやにや笑って」

「なんかちょっといいことあってさ」

「ああ、拝屋さんからいい話聞けたからか」

 ここから国道沿いのパチンコ屋まで往復で一時間くらいかかる。それよりかなり早く戻ってきているということは、急いで戻って来たに違いない。

「そうなんですよ。私、たくさん話をしてしまいまして。けど重要な話はまた後でしたいので、どうしようかなぁって。ああ、そうそう、キキさんもお茶でもどうぞ」

 雫はお茶をキキに差し出した。

 キキがお茶を飲んでいるときに雫は私を睨んだ。

「なにしてんの!」

 声は出なかったが、その目がそう語っていた。

「お茶、ご馳走様」

 その瞬間、雫は営業スマイルを浮かべながら「こちらこそ、またなにかあったらいつでも連絡してください」といった。

 変わり身が早い。こりゃ、この子、将来楽しみだ。

「キキ、来ちゃったから雫ちゃんの本格的な話はしずらいかなぁ」

 不思議そうにキキは私をみて、雫はまた私を睨んだ。ちなみにちょっと楽しい。

「ね?」と雫にいうと彼女はいまにも怒鳴りそうに顔を赤くした。

「ねぇ、なにがどうしたん?」

 キキが雫に訊いた。

 なかなかいい読みだ。私に訊いても答えないだろう、ということは長い姉妹関係のなかで了承済みなのだろう。

 だから「霊能関係の取材後は雫ちゃんの恋愛相談されてさ」と先手を打っていってやった。

「名刺にSNSのアカウントがありますんでお手数ですが、フォローして下さい。たっぷりと長文で恋愛相談させて頂きますので。ねぇ、月空リリさん」

 おっ、一丁前にイヤミときたか。まぁ、いたずらに危険な橋を渡っている私が許せないのだろう。そりゃそうだ。万が一ということもある。<組織>の構成員であるキキが来た以上、拝天會、△▽の怪異については話せない。私に盗聴器を仕掛けているのだ。〈組織〉もあの怪異について追っているとなると注意が必要だ。雫にとっては父親がどこで失踪したか知りたくもあるだろう。けれど協力をお願いしていいものか悩む相手でもある。結局、こうした方がいい。

 〈組織〉が聞きたい話の途中で盗聴器は座布団の下になり音声が遠くなっている。そこで機器の不調か、盗聴に気づかれたか、で疑うだろう。あとは相手の出方を伺うしかない。沈黙を続ければ相手は私たちと話す意思はないということだ。もしわずかでも真相を知っている雫に近づくことがあれば、そのときコンタクトがとれるかもしれない。雫も私に連絡くらいしてくれるはずだろう。

 そして私はスマホをキキにみられないようにすればいいだけの話だ。

「ああ、ララ、えっぐい恋愛経験とかあるから……」

「ちょ、あの話はやめてよ!」

 キキの言葉に私は焦ったふりをした。

 まったく、ちょっとは盗聴器がバレてることを疑えよ、キキ。そしてもうちょいモーション掛けないとキキは疑うことすらしないぞ、雫。

 この陰キャ共はどうも自分の殻に閉じこもって自分をみつめることしかできんのかね。内省、大いに結構。でも、こっちは人の輪んなか入って雰囲気と流れ、感情、会話のやりとりに気を配って楽しく生きている陽キャだぜ。

 さてまずは雫のSNSのアカウントをフォローして恋愛相談という名の△▽の怪異の全容を教えてもらいますかね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ