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匣の街  作者: Mr.Y
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△▽の怪異 #2

 拝天會は昭和三×年(十九六〇年代)、宗教法人を取得している。真如苑や佼成会などと同時期にできた新宗教ということになる。だがそれらの宗教はひとの多く集まる都市部で興った。それも戦後、工業や他産業の発展、ベビーブームなどにより田舎から都会への人口流出が始まった。それにより新しい生活環境への精神的な基盤が必要だった人達を取り込む形が多かったらしい。しかし、拝天會は田舎の△市、さらには△市でもさらに山深い八ヶ谷峠という集落で興った。しかも△市に住んでいてもあまり名を聞かない僻地だ。そのことからもそれらの新興宗教とは一線を画す。社会や生活の不安だとか、そういうところで信者を獲得したのではなく、超能力やオカルトといった能力開発、いわゆるニューエイジ的な宗教として始まった。

 宗教法人を取得したとき(昭和三×年)にはもう宗教として認められるだけの宗教施設や信者がいたということになる。そして昭和六×年(一九八〇年代)には宗教法人を取り消している。ちょうどニューエイジがブームになる頃に終わる形だ。

 ちなみに最後は元信者が取り消しを申し出たらしい。この元信者の行方を調べようとしたが私のような素人には調べることができなかった。そもそもネット記事と図書館の新聞くらいしか当たることのできない私にとってはそれくらいが関の山だ。ネット記事に最後の元信者が役所に願い出たという短い一文に宗教法人の取消しに、自然消滅に近い形にしろ元信者が訪れるという珍しさがあったのかもしれない。

 つまり拝天會が活動していた時期は三十年ということになる。そのなかでMUに取材されたのが七〇年代の、まさに超能力やオカルトなどのニューエイジの黎明期だった。(私が街の一角でみた錆びついた看板はこれ以前のものだろうか)本来ならそのまま波に乗って一新興宗教として活躍しそうなものだが、活動は先細りとなり、先に記した通り元信者が完全に拝天會を消滅させた。新興宗教でも珍しい例のように感じる。そのことから拝天會は教祖である拝屋樹(オガミヤ イツキ)の強い求心力頼みだった宗教とも思える。

 その曾孫にあたる拝屋雫(オガミヤ シズク)の説明も私が調べたこととだいたい同じものだった。

「曾祖父さんの霊能力開発の修行に重きを置いた宗教で、曾祖父さんはお父さんの話では好々爺でしたが、ひとたび霊能に関する話となると厳しくなったらしいです」

 その霊能力開発の修行で本当に霊能力を得られるものだろうか、そんな何気ない呟きに雫は「できますよ」と至極当然に答えた。その声はまるで体型を変えたくてトレーニングジムに入会するときに聞くインストラクターの口調のようでもあった。

(ちなみに私はトレーニングジムにいったことはない。なんとなく雰囲気がそういう感じだという意味でだ)

「なんなら少し学んでみますか?」

 これもまたインストラクター風だった。ひとたび霊能に関する話となると厳しいのは拝屋の血なのかもしれない。しかしここで断れば話が先に進まなそうな気もする。そもそも私は霊能だとかオカルトだとかはあまり信じてはいないのだ。だが信心の面では結構ゲンを担ぐし、占いなども好きだったりする。これはどういうことだろうか。自問のなかで押し黙ってしまったが、雫はその沈黙を肯定と受け取ったようだ。

「まずはみるんです。『見て』『観て』『診て』ありとあらゆる角度からみてみるんです。そしてその本質を知る。本質をみることができたのなら、その存在を知ることができます」

「存在?」

 はっきりいってなにをいっているのかよくわからないが、なんとなくは掴めてはいた。

「そう、存在です。これが魂というものだと拝屋家は仮定しました。存在すなわち魂。これがみることができることがまず第一歩となります。それを知ることにより、いまララさんの目の前にいる私の肉体は拝屋雫として存在していますが、同時に肉体だけの拝屋雫は拝屋雫ではないことがわかります。なぜなら拝屋雫の魂が肉体として私の存在たらしめているからです。つまり形だけでは実在しない。実在して形がないものも存在しない。初歩の段階では、そうなります。もう一段上がると形がなくても存在できることを理解できるようになります。存在がありさえすればですが。例えば形のない私という存在という場合も有り得るということです」

 詳細な説明なのだろうが、さっぱりわからなくなっていた。私の理解の範疇を超えるが、言葉だけ理解しようとしれば、目の前にいる存在を存在たらしめているのが個人の魂といいたいのだろうか。けれど肉体なくしてそのひとを認知することが霊能というものか。

「人は存在するのではない。存在が人とする。目の前の肉体をなくしても存在はある。つまり魂があれば霊能者はそれを認知できます。私にとってあなたたち星野姉妹は一卵性双生児だろうと同じ遺伝子をもっていようとまるっきり別人にみえる。似ているところは肉体だけですから」

 なるほど。最初会ったときの雫の私たちへの反応はそういうことだったのか、と私は納得し頷いた。

「でもこれが霊能の修行の一環だとしたら私にはちょっと無理かな」

 霊能に関することに一応納得はした。けれど結局は言葉遊びのようにも聞こえた。確かに言葉では理解できる。だがそれが実際のことならばどうだ? 頭の中の理解と実際の出来事とはかなり乖離がある。

「それは現実と理論の間に乖離を感じているからでしょう。その乖離をひとつにまとめて理解し逸脱し実践するのが霊能です。ですが霊能者同士でも流派が違えば定義する言葉も違う。むしろあやふやなほうがいい。定義された言葉は反証も生む、反証があれば言葉は力を失う……ここを説明すると話が長くなりますが、結論だけいうと定義付けされた言葉は私たちにとって脆すぎるのです」

 私の戸惑った顔をみて拝屋雫の顔には物憂げな陰が滲んでいた。それは一種の諦めの匂いがした。いまの説明を聞いて理解し興味を持ってくれたひとはごく一部しかいないのだろう。しかも他の霊能者とも理解し得ないものらしい。

「その霊能は魂、個人存在に影響を与えます。運気や健康、他の魂からの影響から身を守ったり、逆に加害できたりする。そしてこの霊能を教えて一宗教団体としてできたのが拝天會です。ララさんにはこれが一般人に受け入れられたことに驚きを覚えるかもしれません。実は私もそう思うんです。私にとってはこれらを学ぶことは魅力的なことですが、様々なひとが学ぶにしては異質なものだと思いますし、それを一部落丸々を信者にし、さらに布教をして集団で修行していたとすると正直、違和感しか……」

 確かにそうだ。異質な宗教だし、世代的にも社会情勢、地理的にしてもひとが集まるにしては条件がそろっていないような気がする。教祖・拝屋樹だけではなく他の第三者の力が働いたのではないか、と思えて、私ははっとなり、脇にある座布団の上に座椅子をのせたハンドバッグを隠したオブジェクトに自然に目がいった。

 その私をみて雫は頷いた。

「<組織>、か」

 思わず呟きが漏れた。

「なにをするにしても足跡を残さない集団ですから、あくまで推測ですけど。あまりに突発的にひとが集まり出来上がった。曾祖父さんの力が私の想像をはるかに超えていたとも思えますが」

「可能性もあるということか」

「あくまで推測です。そのおかげか曾祖父さんの力か拝天會は大きくなった。けれど私のお祖父さんの拝屋仁(オガミヤ ヒトシ)は曾祖父さんと仲が悪かった。お父さんの話では当初お祖父さんは拝天會の幹部でしたが、裏ではなんとか拝天會を切り崩すことを狙っていたようです。霊能者として間違った行いをしている曾祖父さんを許せなかったようです。しかしそれは失敗に終わり、拝屋家は曾祖父さんを残し八ヶ谷峠を去らなければならなかった。その後、おそらく曾祖父さんとお祖父さんは超常の力を駆使し戦いあったと思います。その結果、お祖父さんはとある集合団地の屋上の貯水槽でみつかりました。団地の水道から異臭がするということで点検にきた水道業者がみつけたらしいです。靴は揃えられていた、ということで警察は自殺と断定しました。しかし、屋上へのドアの鍵は水道業者が行くまで掛かっていた。水死体にしてはお祖父さんの身体は水を含んでいなかった。肺や胃も水は入ってなく葬式も通常に執り行われたようです。この間、拝天會はMUの取材を受けたり、信者を増やしたりしていました」

 どこまで本当かわからないが面白い話なのは間違いない。そしてその団地と事件が新聞に載った日をメモにとった。

「そして昭和六×年、拝天會は宗教法人を取り消している。教祖・拝屋樹の死と同時期くらいと聞いています。けれど彼は死んでいなかった。信者と修行の果て、自己研鑽の末に拝屋家の奥儀にたどり着いた。人類は他の場所からやって来た、ということを証明したのです。ネットでも度々体験談として取り上げられる異世界。この世界と同じようでまるで違う世界の存在を確認した。そして、その奥に人類が発祥した地の手がかりもみつけた。拝天會はその異世界へ旅立ったのです」

 私はことの真偽よりなぜだか拝屋雫の言葉に聞き入っていた。

「おそらく私のお父さん、拝屋礼(オガミヤ レイ)はそのとき曾祖父さんを止めるべく八ヶ谷峠へ行ったのではないか、と思います。自分の親をとやかくいうのはどうも気恥しいですが、かなりの霊能者であることは間違いありません。それが簡単に退けられた。それも人知れず。なぜならお父さんは自身の人生を一変させた八ヶ谷峠、拝天會に関してあまり語らない。怪異に曝された者の大半がそうであるように化かされているという認識が持てないのです。それどころか心奥に傷があるのか思い出すことすら避けているようでした。曾祖父さんとお父さんとの戦いがいつだったのか私にはわかりませんが、超常の戦いの末、破れたようです。ですが心と記憶の一部が傷つけられただけなのは幸いだったかもしれません。そしてもしかしたらですが、男系家族の拝屋の私が女なのも曾祖父さんの呪いかもしれません」

 不謹慎だが曾祖父さんとの親子二代に渡る霊能バトルがどのようなものなのか興味はあるが、さきほどの説明のような存在についての哲学じみた煙に巻かれるような話になりそうなので、私にはまだ早いだろう。

「色々訊きたいことはあるけど、唐突に出てきた異世界というのは本当にあるん? それは簡単に行けるもの? 曾祖父さんはそこでなにをしたいん?」

 第一候補は避けて第二候補の質問をぶつけてみた。

「異世界はあります。それこそネットが発達して『きさらぎ駅』『げらげら医者』など異世界にいった話や逆に異世界から羽田空港に来た『トレドの男』などもあります。だけど誰も自由に行き来できていない。だけど曾祖父さんはそこへいった。そしてお祖父さんを倒しに、お父さんを退けるためにこちらにも来ている。それとお父さんは<組織>の依頼で失踪した女性を捜しに▽町へ行って帰ってきました。かなりの負荷があったのか髪が一晩で真っ白にありました。なぜ女性が失踪したのか? それは拝天會の実験なのではないか、と思っています。こちらからあちらへ行ける人間は限られており、行き来にはかなりの肉体的精神的負荷がかかる。それを試していたのではないか、と。そして、拝屋樹はあちらとこちらを行き来する霊的な生物すら造り始めていたらしいです。お父さんはそれらの異形からなんとか逃げ切り、この世界に戻ってこれた。しかも失踪した女性を助けながら」

 霊的な生物とはいったい何なのか想像もつかない。この世界では無理でも異世界なら可能なのだろうか。雫の霊能に関しての説明ででてきた形のない存在だけの存在という言葉が思い出される。それならば霊的な生物という言葉がしっくりとくる。そういった異形が這い出さないように霊能者は日々働いているのだろうか。そうなると霊能者へ仕事を回している<組織>とは正義の秘密結社ということにはならないだろうか。

「この話だけ訊くと<組織>は霊能者側だから拝天會との繋がりは薄いと思うんだけど」

 素直な考えを話したが、雫は難しい顔をした。

 一度は私と同じ考えを持ってはいたようだが、いまは違うらしい。

「逆に<組織>は実験しているんじゃないでしょうか。異世界へ行き来できる霊能者に試させ、その存在を調査したかったのだと思います。だけどあまりに荷が重すぎた。拝天會の信者の失踪。△市で度重なる行方不明者。もしかしたらこちらとあちらを行き来できる異形も漏れ出していたかもしれません。そして<組織>はその状況を持て余し始めた。だから開けてしまった封印を再封印することにした」

「そんなのどうやって……」

「△市公共施設等改修工事事業です。この△市は昔から▽町に繋がっていました。隣のT市とも仲が悪いのは鉄鋼業や鉄製品の商品開発がダブっているだけじゃない。ことあるごとに市境にできた駅名やインター名に△市の名が入ることに難癖つけたくなるのも、人として人類として▽町という異世界に近かった△市の住人を本能的に忌避しているのでしょう。だから先人は▽町を封印した。それは神社仏閣などとは違い、土地の持つ性質やひとの流れ、気脈を変える建造物を建てること。つまり学校だったり駅だったり団地だったりした。かつそれを星座になぞらえて強力なものとした」

 この話はどこかで訊いた話だった。確かオカルト雑誌MUのライター・南魚文(ナンギョ ブン)のコラム記事に書かれていたことだ。名前は伏せられていたが私たちの市のことに間違いはない。

 そうなると「その星座は北斗七星」とふたりの声が重なった。


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