△▽の怪異 #1
私は驚きと期待と説明しようのないいくつもの感情が湧き上がるのを抑えきれなかった。私は拝屋雫の説明を聞き、またわからないことは彼女の言葉をさえぎり質問した。私の熱意とは逆に雫は冷めてゆくような声色になり、ついには私に対し「話さなければよかった」と疑惑を抱いているような表情さえ浮かべ始め「申し訳ないですが、ララさんの書いている小説を読ませていただいてよろしいでしょうか?」と訊いてきた。恥ずかしい話だがこの言葉を聞くまで私は彼女の話に夢中になり先に書いた彼女の感情に気づけてはいなかった。
「あ、いいよ」といささか間の抜けた声で応えた。
でもそれが逆に雫が抱き始めていた猜疑心をいくらかなだめていたかもしれない。
私が紹介した小説をスマートフォンで斜め読み(できればじっくり読んで欲しい)しながら「ララさん、もしかしてあなたは<組織>の構成員ですか?」と訊いてきた。
「私が? そんな都市伝説の秘密結社の会員なわけないって」
なんの冗談かとぱたぱたと手を振って答えたが「証明できます?」と鋭い眼光で私をみた。
「私が<組織>なら趣味の小説のネタにしたいとか回りくどいことしないって。それにそんな秘密結社が△市UFO事件になんの興味があるん?」
「確かに」と雫は腕を組み納得はしてくれたようだったが「けれど私、学校で屋上の鍵を手に入れたんです。あとから話しますが、友人を説得したいために誰もいない場所に行きたかった。そしたら担任に戌角先生に渡してくれって屋上の鍵を頼まれて。いま考えたらどうして私に渡されたのかわからないし、そのとき戌角先生は用事があるとかで帰宅してしまっていて。明日渡せばいいな。ならそのまえに友人を屋上に呼べると思いました。単純にそのときは渡りに船だなと」思い出すように話し始めた。
「あまりに都合がよかったんです。なにか何気ないことが重なって私はあの場所に導かれたような。あとで戌角先生は古いガスコンロからの出火で火災になり亡くなりました」
なにか聞いたことのある話だった。確か私のアパートの隣部屋がガス爆発でひとり亡くなっていたはずだ。いや、早計だ。点と点を線で結びたくなるのが私の悪い癖だ。でももしそうだとしたら陰謀というものはごく身近に渦巻いているということになる。
「戌角先生は<組織>の構成員だったのではないだろうかと私は思っています。そして<組織>は△市UFO事件、そしてその裏で起こっていた△▽の怪異と関わっている」
雫ははっきりと断言した。そして「なぜなら私のお父さんも<組織>の構成員だったから」といった。
「もちろんはっきりしたことはわかりません。ただお父さんは定期的になにか大きな依頼を受けていました。長期的に家を留守にしたり、霊障を受け憔悴して帰って来るときもありました。あとでわかったことですが、そのたびに結構な金額が銀行に振り込まれていました。<組織>は一般人はもちろんのこと霊能者も利用していたのではないか、と。それがなんのためかはわかりません。ただ、確証がないまでも△市UFO事件、その裏で起こった△▽の怪異に関してかなりの関わりを持っている。ララさんが構成員ならなにか知っていることがあるのなら逆に教えて頂きたいのです」
「それは力になりたいけど私は本当にただの趣味人だから……」
「そうですか。あれだけの事件でしたが、すでに終息しています。もし<組織>が動くとなればこの一件の事後調査で動いているのかな、と思ったんです。でもララさんがそういうのであれば信じます。ララさん、裏表なさそうだし。けれど身の回りでおかしなことがあったら気をつけてください。私のように気づかないうちに利用される可能性もあります」
正直「さすがにそれはないだろう」と内心思っていた。雫の話だって偶然が重なっているだけで証拠もなければ、なにをどうしたいのかという意思が薄弱すぎる気もする。
ふと秘密結社<組織>のことを思い出していた。
確かメールやメッセージで小さな仕事依頼をしてくるだったか。その仕事もほんの小さな頼み事らしい。荷物を駅のコインロッカーに入れる。指定された時間にゴムボールを窓から投げる。ささいな仕事だ。そのささいな仕事が積み重なり大事件の引鉄になる。その結果、事件はただの偶然が積み重なった事故にみえる。
ささいな点と点が積み重なり重要な意味を持つ様は陰謀論者が陥ってしまいがちな思考パターンと類似している。一方で手の込んだ陰謀とはそうしたものなのかとも思う。しかしそんなバタフライエフェクトのようなささいなできごとを計画的に操り、ひとつの事件が起こせるなんて、それはもう人間を超えたなにかだ。
私は思わずハンドバッグを開けた。
「どうしたんですか?」
「もし秘密結社<組織>が私の身近にいるとしたら、盗聴くらいするかもしれない……」
テーブルにハンドバッグのなかのものを出したが、財布やハンカチ、エチケットポーチ等が出てくるばかりで、それらしいものはなかった。だが引っかかるところはある。姉のキキのことだ。いつからだ? 家の金回りがよくなったのは? 重機は常用機しかなくレンタルが通常だったのが、何台も購入できるようになっていた。プレハブ一軒から会社らしい建物に建て替えられるくらいにまで発展していた。
すべてが一変したのはキキが家を継いでからだ。もしかしたらという思いが突然湧き上がっていた。
あってほしくない。けれどないはずはない。そんな相反する思いは、なにもないハンドバッグが答えを出してくれた。
ほっとしてるのか、残念なのか自分でもわからない。ただ今日キキとあんなに話したのは久しぶりだった。案外、私の思い過ごしで姉妹の仲は私が思うほど悪くなかったと思った。
そのとき雫が「失礼」とハンドバッグ横マチに指をいれた。そこは確かに通常、私は使っていないところだ。そこになにか入るとはわかっていてもデザイン上使うと膨れて綺麗じゃないから使わないところでもある。
その雫の白く長い人差しがくねくねと横マチを弄る。その小さなポケットは彼女の指の形に膨らみ掻きわけられ、やがて小さな長細いシャチハタのようなものが出てきた。私はそれをみたことがなかった。しかしそれがなんであるかはわかった。
「盗聴器」
その言葉を遮るように私の口元にそっと雫の指が添えられた。
「なにもないし、すべては私の誤解だったようなので話を戻しましょう」
雫はそういいながらメモを書いて私にみせた。そこには『バレたらお姉さんが殺されるかも』と書かれていた。
確かにそりは合わない姉だが死なれても困る。いったいなぜキキがこんなことをやっているのかと私は頭を抱えた。
「まず片付けますか」といいながらまたメモを書いて私にみせた。
『戌角先生は殺された』
なるほど。だが雫の機転で助かった。いままでの会話からおかしな点はないだろう。
私はハンドバッグにテーブルに出されたものをしまう。キキがどうやって私のハンドバッグに盗聴器をいれたのか。確かにいくらでもチャンスはあったが私に気づかれることなく行うのは難しいだろう。キキではない誰かがいたのか、それとも私の知らないキキの熟練した技術か。後者だとしたらキキは随分前から<組織>に所属していたのだろう。
「誤解がとれてよかったよ」
私は話しながら『聞かれてもいい話?』と雫のメモに書き加えた。
「そうですね。話ははじめからもう一度しましょう」
『大丈夫。私が<組織>に訊きたいことがあるだけ』という走り書き。
「私もその方がいいかな? ちょっと脱線してしまったし」
なんだか釈然しない。聞かれても構わない話だろうが盗み聞きされているのは気持ち悪い。だからハンドバッグを畳のうえに起き、座布団を二枚のっけてその上にさらに座椅子をのせた。
雫は呆気にとられているようだった。
「ホント、キキのやつ、なにやってんだか。でもこれで声が遠くなって細部までは聞きとれんでしょ? 機械の不調とかで言い訳も立つし」
私の言葉に雫は笑った。
「それにしても<組織>がいまいち謎なんです。私のお父さんは仕事の斡旋。一般人にはささいな仕事。どうも都市伝説のように人類社会を裏から操るにしては的外れのようにも思えます。むしろ霊能者集団で霊的な事業に携わっているのではないかと。一般人にはそのための下仕事で霊能者には本当の仕事をしてもらうとか。でもそれだったら回りくどいことをして多額のお金をばら撒く必要はないし」
「確かに」
一般人には蝶の羽ばたきくらいの仕事、霊能者には普通に霊能の仕事。浮かび上がってくるのは雫のいうとおり霊能関係の秘密結社なのだろうか。だけど霊能者に正体を明かさず活動しているというのもわからない。雫は霊能関係者とはいえ高校生だ。もしかしたら成人以上の霊能者にインタビューすればわかるかもしれない。
「お父さんは△市UFO事件直前に<組織>からの仕事の依頼からしばらく行方不明でした。特殊な依頼で、仕事の前日に作業服が送られてきてそれを着て仕事に向かうように、と」
雫によればその作業服は水色で胸元に凹凸建設とオレンジの刺繍がしてあったらしい。
凹凸建設は△市の公共施設の大改修事業に携わった企業だ。そのとき地元の企業をつかわず東京の企業をつかった市長に対して非難が上がっていた。けど星野解体屋は市内の企業で唯一、凹凸建設の下請けを受け持てたのだ。
「はい。星野キキ、<組織>の構成員確定!」
思わずテレビのバラエティ番組の司会のように呟いてしまった。呆気にとられてる雫にも説明すると「なるほど」と頷いた。
「じゃあ、お姉さんに訊いたほうがいいかな? 実はお父さんがどこで行方不明になったのか知りたくて」
「うーん、あいつ、大金もらっているようだけど下っ端じゃね? 本業のほうが忙しいだろうしさ。あんま動き回ってはないでしょ。でもお父さんには連絡はとれているんだよね。だったら大丈夫なんじゃない?」
「ええ、しばらくしたら帰ってくると電話が何度かありました」
「じゃあ……」
「決まって深夜にです。しかも声が遠いしあちらからの伝言だけで、どうもこちらの声は聞こえないか、凄く聞き取りにくいようです。そしてその声は次第に近くはなってきています」
まるでホラーみたいな話だ。
「雫ちゃんのお父さんはいまどこにいるのかわかる?」
「ええ、だけどここじゃない場所だから位置を特定したいんですよ。迎えに行きやすくなりますし。『きさらぎ駅』のはすみさんの例もあります。異世界から帰ってくるにしても数年かかる場合もある。あれと同じで最悪、同じ名前だけど別人になる可能性だってある。別の拝屋礼を『お父さん』なんて呼びたくないし。こちら側からのアプローチも必要かもしれないと思うんです。そこで<組織>から情報、協力を頂けたら嬉しいかな、と。けれどどうも<組織>はひとの命に関して軽いし、得体が知れないので相談するにしても怖いんですよ」
「はぁ?」
<組織>とコンタクトをとりたいが、ツテもなければ、なんだか怖いのはわかったが、それ以外は雫がなにをいいたいのかわからない。いきなり異世界だの別のお父さんだの、現実の話をしていたのになぜ急にオカルトチックな話になっているのだろうか。いや、相手は霊能者だ。彼女にはオカルトも現実なのだろう。
さきほど△市UFO事件は終息した、といった。その裏で起こった△▽の怪異も。けれど、その上で彼女にはまだ解決しなければならないことがあるのだろう。
「そしてお父さんと一緒に私の親友もいるはずなんです。五年前に行方不明になった女の子で、いま二十二歳なんですよ。ただ状況が複雑で、△市にいまいる十七歳の彼女本人と会ったら、どうなるのか未知数で」
なにがなんだかマジでわかんねぇ。かろうじて日本語で話しているのがわかるくらいだ。
「ちょ、ちょっと、説明してもらえると嬉しいんだけど」
「ああっ、すみません」
彼女は本当にすまなそうな顔で謝った。雫のなかで色々、考えがあるのだろう。しかし周囲にこうやって話を聞いてくれるひとがいない。だからつい相手のことを考えずに喋りすぎてしまうのかもしれない。なにぶん相手は霊能者だが、中身はいたって普通の十代後半の女の子だ。その複雑さは普通のひとより上なのかも。
「じゃあ、まず拝天會のことからお願い」
「本当に順を追って、ですね。そうです。△市UFO事件の裏で起こった△▽の怪異。それは私の一族が起こした怪異でした。私にとって曾お祖父さん、拝屋樹が興した拝天會が発端です」
私はメモ帳を広げ、シャーペンを握った。




