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匣の街  作者: Mr.Y
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ララと異貌の拝屋

 私は拝屋宅の客間へと招かれた。客間は六畳ほどだろうか。木彫りの熊や茶器などが置かれた飾り棚に座卓、座布団、脚の悪い客用のためか座椅子三台か重ねて隅に置いてあった。団地の一角にある住宅の客間というより田舎の農家の客間のような雰囲気だ。霊能者の家ということで、仏像だとか御札、豪奢な神棚とか宗教色が強いものが並べられた家を想像していたがそうではなかった。虚仮威しがなくとも霊能だけで十分力を誇示できる自信があるのだろうか。もっとも他の霊能者宅に訪問したことがないから比べようもないが。

「どうぞ」とお茶を出され少し飲むが風味が爽やかで苦味がきて、そのあとに甘味を感じた。私の職場で使っている接客用の茶葉より明らかにいいものだ。

 事務仕事をしているからお茶などの職場で経費として落とせる費用がいくらくらいかはなんとなくわかる。樹脂工場にも多くの来客がある。失礼のないようにと社長はお茶、コーヒー、紅茶や茶菓子はそこそこ良いものを置いていた。それより良いものを置いているということはやはり霊能者は儲かるのかもしれない。特殊な職業だからか、あるいは雫ちゃんの曾お祖父さんが拝天會の教祖さまだったからなのだろうか。ネットで調べたところによると曾お祖父さんが亡くなってから拝天會は宗教法人を任意解散している。だが法人から外れたところで宗教団体としては活動できるとあった。もしかしたら拝天會自体はなくなっておらず、こういった霊能商として活動しているのかもしれない。

 そんな巡る思いに黙ってしまった私に雫ちゃんは明るく口を開いた。

「土器の欠片と土偶は儀式をしてからN大の考古学の教授に訊いてから埋めます。歴史の資料となるものがあるので。こういったものは本来市役所の文化財課、もしくは警察に連絡するのがいいんです。もっともどこに連絡しようが結局はN大の教授に連絡がいくらしいですがね。私の家はこういった依頼をよく受けるので教授と直接繋がっているというか」

 少し喉が渇いたのか雫ちゃんもお茶を飲み喉を潤す。

「ですがああいった土器、土偶は祭祀につかわれたものです」そういって手で囲いをつくって「こんな感じで箱形に石を積み上げていたのでは? この辺りでよくみられる祭祀跡らしいので」といった。

「私はみてないんだけどね。話によるとそうらしいよ」

「場所を教えてもらえますか?」

 私はわからないということを伝えると雫ちゃんはあとで来るキキに訊くという。適当に話をしてお祓いをして埋めるかと思ったが、そういうものでもないらしい。雫ちゃんはひとつ例を出した。

「北欧のどの国だったか忘れましたがルーン文字の石碑が発見されました。研究のために研究所に持っていったらしいのですが文字を読んでみると、この石を動かしてはいけない、と刻まれていたんです。なにかの目印かはたまた封印か。ともかく古代のひとの忠告を無視した形になります。なにかしら理由があったはずなんです。わざわざ石に刻み忠告をしていたんですから。考古学上は仕方ないと済まされる。けれど私たち霊能者はそうはできない。いにしえの霊能者からの忠告です。わざわざ石に刻んで忠告してくれたものを読まずに掘り出すなんて……」

 霊能者としての古物に対しての思いを話していた。私はメモ帳を取り出し雫ちゃんの言葉の要点を書き記した。同時にお父さんが拝屋さんにお祓いしてもらう理由もなんとなくわかった。古代のひとが祈り祀った果てに土中に埋めるという行為には様々な理由があるのだ。

 余談だがヤンキーは信心深い。うちのお父さんもお母さんも縁起を担ぐし、盆と正月くらいは最低限墓参りや神社に参拝にいっていた。理性や論理(ロジック)よりも雰囲気や筋や義理(あと根性)を重んじるからなのだろうか。むしろこういった信心はもしかしたら人間の本能に根ざしているのかもしれない。これも一考の価値はある。

「ひょっとして、もう取材始まってます?」

 雫ちゃんはちょっと緊張したようにいった。

「大丈夫、大丈夫。小説っていっても私はプロの作家じゃない。完全に趣味だし。小説家になろうってわかる?」

「異世界転生ものとか人気ですよね」

「そうそう、そういう人気の作品がたくさんあるところ。でも私、なんか小説を書きたくなったから始めただけで、異世界転生ものとかそういった人気ジャンルは書いてないんだよ。ちまちまと思いつくまま作品書いててさ。人気ないからページビューは雀の涙、ブックマークは梨の礫、渡るネットの海は無視ばかりってね。完全無欠の自己満足」

 私は自身の小説に対する思いを打ち明けた。小学生になってアニメや漫画を取り上げられたこと。高校生のとき文学作品に同性愛的な文脈で読んでいたこと(雫ちゃんはどう対応していいかわからないのか、ただ目を丸くしていた)。そしてたいした考えもなく就職したはいいが、やりがいなく給料もらうだけの苦役な仕事。そして△市UFO事件で突然湧き上がった本格的な執筆欲。

「そのなかでちょっと気がかりになった、拝天會」

 さきほどまで興味深そうに訊いていた雫ちゃんの目が真剣なものに変わった。

「なぜ△市UFO事件と拝天會と繋がりがあると」

「ちょっとUFO事件を追ってるうちに陰謀論者的思考になったことがあってね。なんでもかんでも点と点を線で結びつけたくなったんだよ。これがワクチンだとか影の世界政府だとかだったらもう果てなくハマっていたかも……」

 私の冗談交じりの言葉に雫ちゃんは一切笑わなかった。真剣な目をそのままに私をみてる。むしろ警戒心をもったように感じた。

「それは侵入思考のようなものですか?」

 雫ちゃんから私の考えとはまったく違った方向の言葉が出てきて私は少し驚き変な声を出してしまった。やはり霊能者は一般人とは少し異なる考えがあるのかもしれない。

 雫ちゃんは霊的、UFO、宇宙人的ななにかが私に侵入し思考させたのではないか、という推察をはじめた。それは医師の診察のように症状や執筆意欲のはじまりがどのような状況だったかの詳細を訊いてくるのだ。私はしばし雫ちゃんの言葉に答えていたが「ちょっと待ってよ」と彼女の言葉を遮った。

「いや、そんなんじゃないと思うよ。ただ単に不思議な光景を前に信じられない思いと世間の受け取り方の差異(ギャップ)に驚いたというか……」

 雫ちゃんは残念さを滲ませながら「そうですか」とつぶやいた。

「なんか期待に添えなかったみたいで、ごめんね」

 一応、多感そうな高校生相手のせいか、残念そうな顔をみて思わず謝っていた。

「けどララさんのいっていることの大部分が合っています」と雫ちゃんはいった。

「だからなにかに憑かれたのなら簡単に説明がつかない。けれどそこまで素人考えで調べられるのなら、あのUFO事件はみたまま感じたままの事件ということになる」

 ちょっと「素人考え」という言葉にカチンときたが、まぁ高校生だし許してやろう。だが素人考えより、高校生があの事件の全容を知っているということはありえないんじゃないか。

「じゃあ、いまの言葉からいうと雫ちゃんは△市UFO事件の大部分を知っているということになるけど」

 私は苦笑いした顔をできるだけ隠しながらいった。

「ええ、私は霊的な部分において△市と異界への境界を封じた霊能者のひとりです。UFOはその後なぜか集まってきました。これは私の専門外で理解できていませんが」

 雫ちゃんは何ともなしにさらっといった。まるで勉強しまくったテストの問題を解くみたいに。

「へぇ」にわかに信じられない。霊能者のひとり、といったということは△市UFO事件の前に△市に多数の霊能者がなにか活動をしていたのだろうか。それに異界とはなんだ? MUで連載していた南魚文(ナンギョ ブン)のコラム記事は実は核心に迫っていたのだろうか。

「じゃあ、拝天會の天狐(アマギツネ)って知ってる?」

 順を追って質問していこう。まずは確実に拝屋家ならば知っていそうなことからだ。

「はい。あれは辻切りの儀式です」

「辻斬り?」

 深夜、刀を持ったイカれた侍が提灯を持った町人を斬るイメージが頭をよぎった。

「いえいえ」雫ちゃんは私の考えを見抜いたのか、手をひらひらさせた。

「辻切りは境界線を引く儀式です。人畜に害を与える悪霊や疫病が侵入するのを防ぐため、集落の出入り口にあたる四隅の辻を縄や藁人形で遮断するんです。拝屋家では縄で区切った後、狐を模した藁人形を吊るし、儀式のあと吊るし悪霊への威嚇としてそのまま燃やすんですよ。ですから(うち)は辻切りのことを天狐といっています」

 それがなにか、といわんばかりの回答だった。

「実は△市UFO事件に関する論争が一時期ネットであってさ。そのなかでUFOは拝天會の天狐(アマギツネ)だ、というひとがいて……」

「それはどんなひとでした」

「ハンドルネームくらいしかわからないけど、そのあと一切書き込みはなかったかも? ハンドルネームは『久しく沙汰無し』だったな。変わった名前だから覚えている」

 雫ちゃんは腕を組んで額に皺をよせた。

「天狐は拝屋家しか使わない名称ですから、たぶんそのひとは拝天會の元信者です。そして恐らくですがUFO自体を天狐と称したわけじゃないかも。あの△市UFO事件そのものを天狐。つまり辻切りだといいたかったんじゃないでしょうか。そうすればすべて辻褄が合います」

 話が大きく複雑になってきている。あの△市UFO事件の肯定派と否定派論争に混じって真実を知っていたものが、その論争を眺め自身の知る答えを出していたのか。

「そもそも拝天會って……」

 まずはそこから理解しなければならない。UFOと拝天會との結びつきは弱くなったが、相変わらず拝天會はあの事件に関わっている。

「私の曾お祖父さんがつくった宗教団体です。彼は霊能者として優れていました。それこそひと言である種の病気なら治せるくらいに。霊能は霊的なものしか作用しないのが通常です。それを現実の現象として起こせるくらいにまで霊力が強かった……それは家の畑から土偶をみつけてからさらに力が増したらしいです。その土偶はだれからみても普通の土偶だった。あなた達が持ってきた土偶のようにね。土で捏ねられ形つくられ、素焼きで固められたひとの形をしているがあきらかにひとではないもの。だけど曾お祖父さんのような霊能者には特別ななにかと繋がるものだった。人類のこれからの可能性の示唆。あるいは太古の姿の憧憬か。おそらくは大昔に彼と同程度の霊能者がそれをつくった。そしてそれを足がかりに曾お祖父さんは研究と研鑽をはじめた。その果てに△市の裏にある存在、異界へ繋がる場所を八ヶ谷峠で発見した。だけど異界へと続く道は他にもこの△市に存在していた。その異界を仮に▽町としましょう」

 客間の時計の秒針が時間を刻む音が聞こえた。外からの音がなにも聞こえてこないように思えた。私の目が別のなにかに置き換わり、いままでみえなかったものを捉えられるようになったような感覚があった。目の前にいる白髪の少女が老婆のように思えた。幾星霜ひととして、ひとの枠を超えるくらい長く生き続けた女性だ。少女の姿をした老婆だ。それを証拠に髪の毛が白いのだ。皺のない溌剌とした顔と澄み切った目がひどく不釣り合いのように思えた。彼女は夕闇に沈む室内に気づき、電灯を点けたが、その明るさが白々しいとも思えた。

 早くキキが来ないか気がかりになってきた。国道沿いのパチンコ屋なら往復で四十分くらいはかかる。お父さんと話込めば一時間くらいにはなるだろう。

 つまりは酷く心細かった。彼女は私の人生で初めて出会った本物の霊能者だ。そしてこれからいうであろう彼女のいう言葉の一切合切が真実だと、私はなぜだか理解できた。きっと理屈ではなく本能に近いところで確信したのだ。もしかしたら私に霊感のようなものが発露したのかもしれない。それはUFO事件を目撃したときに感じた感覚と同じだった。きっと彼女の言葉を聞けば私は真実を知ることになる。知りたいことではあったが覚悟はなかったのかもしれない。

「ビビってんじゃねぇ、ララ。ナメられてたまるか。根性だ、根性」

 私は目を瞑りお父さんだったらいうであろう口真似を心のなかで叫んだ。

 そして目を開けるとそこには拝屋雫がいた。白髪のショートヘアで△高の制服を着た女子高生の姿であり、さきほど感じた老婆の様相はどこか彼女の持つ陰影のなかに静かに沈んでいるようだった。そして私の整理のつかない心持ちを察したのか、彼女は間を置きお茶で口を湿らせてから私をみた。私は頷いた。彼女はそれを確認すると頷き、また話し始めた。

「そして彼はその霊能を振るい、ひとを集め拝天會をつくった。彼は人望もあったようですし、生業であった農業の合間に霊的な相談や仕事を受けていたから、その方面で顔が効いたらしいです。彼はひとを集め宗教法人を取得するまで拝天會を大きくした。△市の外れにある八ヶ谷峠という村全体を拝天會の拠点とするくらいに。ちなみに私のお祖父さんは曾お祖父さんと仲違いし、八ヶ谷峠では肩身が狭くなり、ここに引っ越してきたらしいです。曾お祖父さんはなにをしたかったのか。なんのことはない。拝屋家の奥儀が真実だと証明するためだった」

「奥儀?」

「はい。拝屋家に言伝えがあります。人類は異界からやってきたものだと。人類は人類の上位種から逃れるための長旅からこの地球を発見し、原人と交わり現生人類となったという。だからたまに先祖返りをするものがいる。みえるはずのないものを見、聞こえないはずの声を聞き、触れられないものに触れられる。つまり霊能者はあちら側に近い者だと。曾お祖父さんはそれが真実かどうか知りたかった」

「それになんの意味が?」

「彼は異貌でした。若くして頭に頭髪や眉はなかった。瞳の奥にある瞳孔は蛇のように縦に裂けるようにありました。普段は気づかない。注意深くみるとよくわかる、とお父さんはいってました。そして特別鍛えなくても常人以上の膂力を持ち合わせており、老齢でも背は真っ直ぐに伸びていたそうです。彼は自身の存在を奇異な存在と思いたくはなかったのか。あるいは自分以外のひとを奇妙かつ下等だと思っていたのか。その歪んだ知的好奇心は土偶の発見においてさらに盛んになったのかもしれません。お父さんがいうには異界からの異邦人だった頃とこの地に来て人類となった過程間隙(ミッシングリンク)を解明したと喜んでいたそうです。そして曾お祖父さんは拝天會の信者と共に暮らし、修行し……信者の悩みを解消する方法を模索するふりをして、ひとの肉体から本来の人類の姿に戻る方法を模索していました。できるはずはありません。できるはずはないのです。農業とお祓いで生計を立てていたひとが遺伝子を操作できるはずもなければ、一通りの理解のある霊能による修行ですら覚醒されるものの程度は決まっていた」

 雫は言葉を置いた。忌まわしい曾お祖父さんをどこか憧れているような熱い口調でもあった。それを私に気取られたくなかったのか一呼吸置き、残りのお茶を飲んで冷静さを取り戻した。

「ですが、彼は、拝屋樹(オガミヤ イツキ)は、超常の霊能を有していた。みえるはずのないものを見、聞こえないはずの声を聞き、触れられないものに触れられ、行けないはずのところへ行き、会えないはずの者に会い、理解できないはずのものを理解し、できないはずのことをやってのけた。お祖父さんの拝屋仁(オガミヤ ヒトシ)は彼と対峙し敗れ、自死させられた。お父さんの拝屋礼(オガミヤ レイ)も怪異に曝され八ヶ谷峠に近づくことさえできない。拝屋樹は死を装い▽町という異界に身を潜め、途方もないことをかつての信者と成そうとしていた。この一連の事件は拝屋家が起こしてしまった怪異です。名付けるなら△▽の怪異。私は拝屋の当代当主として、これを終わらせなければならなかった。たとえ親友を利用する形になったとしても」

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