キキララと雫
走行中、荷台に積んだ土器の欠片や土偶が後ろでかちゃかちゃと鳴っていた。これからお祓いしてから埋めるとなると、ただの素焼きの土塊でもなんだかぞんざいに扱っては悪いような気もしてくる。
「どこかな?」
「車を降りて探そう」
団地の一角にハスラーを停めるとキキと私は歩いて拝屋宅を探すことにした。一応、電話番号をネットで検索して近くまで案内されたはずなのだが、どうも霊感商法? というものはやはり看板などというものを立てないらしい。そもそも『お祓いします! 三十分二千円!』とかいう看板をみたことがない。霊媒やらお祓いなんて気軽にいくものでもないだろうし、頻繁に客の出入りがあるものでもないだろう。そんな霊障だとか呪いなんてあったら困る。「今日は墓にいってなにかもらってきたからお祓い行こう」とか「体調悪いな。こりゃ恨まれて呪われたかも」とか平安時代じゃあるまいし、現代日本であるはずがない。あったらどんな世界線の日本だ。いや、そもそも体調悪ければ医者に行くし、地鎮祭などのちょっとした祭事は神社だろうし、葬式はお寺だろう。それならば霊能者とはどうやって稼いでいるんだ? と疑問が尽きない。しかもお父さんがいうには領収書も出してくれるというのだから、お祓い代は税務署でも経費として認められる。いったいどんな勘定科目になるというのか。本当に疑問が尽きない。いや、案外、社会は私のような知らないことばかりで成り立っているのかもしれない。
そんな私の悩みとは別に秋の心地よい風が頬を撫で、空には蜻蛉が風に逆らって飛んでいた。
「トンボは風に逆らうように飛び、メダカは流れに逆らうことで泳いでいた。そして稲架木は重力に逆らって空に伸びている。目に映る全ての世界はなにかの力に逆らい、対抗することにより成り立っていた。僕の小さな胸に情熱が昂ってきた。叫び出したいほどの」
キキがなにやら聞き覚えのある言葉を話すと同時に私は顔が赤くなるほどの羞恥だか嬉しさだか怒りだかを感じ、思わずキキの肩を叩いた。
「ひとの小説を暗唱すんじゃねぇよ!」
キキが何気なくつぶやいた言葉は私の書いた小説の一節だったのだ。あまり人気のない小説だったが私個人は気に入ってるものだ。完全の自己満足のものだったが、まさか現実で自分の小説の一説を聞けるとは思ってもみなかった。
「いや、普通にあれ面白かったし、なんかスッと心に入ってきたというか……よくわかんないけど、よかった」
蹴りも入れてやりたかった。
「はっ!」鼻で笑ったふりをしたがかなり顔がニヤけていたに違いない。
「あの頃みたいにパーっと書いちゃえばいいんだよ、パーっと」
さっきの語調とは裏腹に投げ捨てるようにキキは言い放った。しかもいま書けないでいる自分には少し聞きたくなかった言葉でもあった。
やはりキキは私の神経を逆撫でしてくる。楽しみにしてくれているのは嬉しいが、ひとの気も知らないで無神経に言葉を投げつけてくるのが気に入らない。もしかしたら少しニヤけてしまった私の顔が気に入らなかったのかもしれない。とにかくキキは自分は姉だからと私の上に立ちたがる。いまの言葉だって私のニヤけた顔をみて調子に乗られるのが気に入らないから放った言葉だろう。
その言葉以降はふたりとも会話なく団地を歩いた。
土地勘はあるが個人宅までは流石にわからない。スマホのマップアプリを出してみたが当たり前だが個人宅は出ていない。
「あとは右だな」と右に行くと団地をぐるっと回ったのかハスラーの後ろ姿がみえてきた。
「ありゃ?」
ふたりともスマホをみたまま固まってしまった。
「だいたいさぁ、看板くらい出しておいて欲しいよ、まったく」
「そうだよ。SNSとかサイトとかやってれば繋がりやすいんだよ。放浪阿闍梨とか見習えよ」
さきほどの気まずさは拝屋宅にたどり着けないストレスになくなり、かわりにストレス任せにふたりで好き放題いってると後ろから「あの」と自転車に乗った女子高生が話しかけてきた。
「んだよ?」「あ?」と、ふたりとも思わず年甲斐もなく星野家の家柄が出た返事をしてしまった。しかしその女子高生は物怖じもせず「もしかして家に用ですか?」とヘルメットをとりながら訊いてきた。
ヘルメットをとると綺麗な短い白髪があらわになり、闊達そうな大きな瞳が私に真っ直ぐ飛び込んできた。
「あっ、私、拝屋雫ていいます。お祓い屋の。いやぁ、最近、父が遠くに行って、母はパートで出払っていて家電とか誰も出なくて。お得意さんはみんな父のスマホでしょ? 色々困ってたんスよ」
勝手に私たちを客として決めつけてきた。話が早いが、もし客じゃなかったらどうするつもりだったのだろうか。
「ははっ。わかりますって。あれのお祓いでしょ?」と怪訝そうな私たちの顔を笑い、ハスラーの後ろ姿を指差した。
そのとき私は生まれて初めて本物の霊能者に会ったのかもしれない。キキもスマホを持ったまま固まり、私の顔とハスラーの後部を交互にみていた。
拝屋邸は私たちが車を停めた場所だった。あまりに普通の家で私たちが見過ごしただけのようだ。白壁と焦茶色の屋根のなんの変哲もない少し大き目の家で表札にはしっかりと拝屋と刻まれていた。
「なんでわかったん?」
「そりゃ、私、霊能者ですから」
なんの躊躇いもなく言い放った。キメ顔でもない。演技でもない。普通の顔でだ。もしかしたら学校生活でも普通に「私、霊能者ですから」といっているのかもしれない。そういうキャラなのか。同級生に引かれながらも主張しているのかわからないが、なんとなく友人は少なそうな気がした。
「あっ、私は星野解体屋の星野キキっていいます」
キキは名刺を取り出し拝屋さんに渡した。拝屋さんも「どうも。こちらは拝屋で」と普通に名刺をポケットから取り出して渡していた。
高校生が名刺つくって持っているのかよ、と拝屋雫の名刺をみると『お祓い、加持祈祷、占い等』と書いてあってなるほど占いも収入源になるよなぁと関心してしまった。
そんなときキキのスマホが鳴った。
「あっ、ごめん。ちょっと出る」と電話にでたが、どうやらお父さんからの電話のようだった。
賑やかな音楽とジャラジャラと銀の玉がプラスチックに当たる音に混じって大きな声がこちらまで聞こえてくる。
「あっ、私、ララっていいます。で、拝屋さんにお願いしたいというのが」と、キキの代わりに依頼の説明をしながら、ハスラーのバックドアを開け、荷台に乗った土器や土偶の入ったコンテナをみせた。
「作業現場から出てきたのはこれです。処分するにも、先人の遺物でしょうから、せめてお祓いしてから埋めたいんです」
私は正直にいった。いや、そういわなければならない雰囲気だった。
拝屋さんはそれをみるなり手を合わせ小声で念仏のようなものを唱えた。いや念仏というには聞き馴染み(いや念仏なんて聞き馴染みあったら困る)がない、なにか別系統の呪文というか言葉のようだった。
それを唱え終わると「妹さん、私のことは雫でいいですよ」と笑顔でいった。その屈託のない笑顔に私はなぜだか鳥肌がたった。
「それと……」と雫が話そうとすると「いやぁ、ごめんごめん。お父さんがお金渡し忘れたって」とキキが電話が終わって話しかけてきた。
「ちなみに……おいくらぐらい? 電子マネーとかクレジット払いとか無理だよね」
「はい。現金のみで料金は……」
私たちは金額を訊いて少し引いた。正直、この土器の欠片やら土偶をこのままどこかの山に埋めたほうがいいんじゃないか、と思ったくらいだ。
「じゃあ、ちょっと待っててください。お父さんが現金用意してるらしいからもらってきます」
キキはそういって「用意してたんだったら、干し柿渡してないでそっち渡せよ。ていうか死兆星がみえたからパチ行かなかったんじゃねぇのかよ。玉出てるから席外せないって、常敗王がなんでこんなときに当てるかね。ていうか国道沿いのマルハンてどこだよ」とブツブツ呟きながらハスラーに乗り込んだ。
そして「ララ、一緒に行かんの?」と訊いてきたので私は「いや、私は雫ちゃんとお話してっから」といった。
「第一、このままふたりとも行ったら、土器押し付けてバックレる気だと思われたら嫌じゃん」
「ああ、なるほど。まぁ、逃げる気ないけどさ」
そういって手を振って車を出した。
雫ちゃんは土器の入ったコンテナを持って一礼すると「じゃあ、お待ちしております」とキキを見送った。
「それにしても、雫ちゃん、なんで私が妹だってわかったん? 私たち双子だからよく間違われるし、スマホの顔認証だって抜けられるくらいなんだけど」
「だって」と困ったように笑い「全然違うじゃないですか?」とどう説明していいのかわからないようだった。
これも霊能者の力なんだろうか。やはり常人とはみているものが違うのかもしれない。
「あえていえば、魂が違うのかも。話せば長くなりますが。人間を構成しているものはなにも水分、タンパク質、脂質、その他の物質だけじゃないんです。わかりきったことなんです。これら構成物だけで人間はつくられてはいない。それと同じです。たとえ双子、同じもので構成されて、同じ遺伝子を持っていたとする。でも根本的に全然違う」
確かにそういわれれば、そうだと思うが、釈然としない。
「まぁ、霊的にいうなら、みたまんまっスよ、みたまんま!」
その釈然としない私の顔をみて雫ちゃんは本当にいいたい言葉を飲み込んだようだった。けれど霊能に関しては譲らない。その姿をみて私は彼女がどんな人生を送ってきたのかなんとなく理解した。
「そんな霊感あると世の中楽しそうだね。視野が広がりそうだし」
私は少し元気づけるようにいった。
「いやぁ。理解できないひとには理解されませんし、誤解されたまま嫌な言葉を投げつけられることもしばしばです。それにこの髪の色だって染めたものじゃないんです。巫病の後遺症ですから」
「巫病?」
「はい。霊感に目覚めるきっかけになる病気みたいな、身体の変調みたいな、成長痛的な、ものですかね」
なかなか興味がそそられた。
雫ちゃんはひとりで軽々と土器の入ったコンテナを持って、拝屋宅の横にあるカーポートの隅に置いた。私とキキとでふたりがかりだったのになかなか力がある。もしかしたらお父さんくらいはあるかもしれない。ちょっと高校生とは思えないくらいの力だ。
ちょっと体力には自信ある、といっていたが惜しいことに運動部でなく軽音楽部でボーカルをやっている、とのことだった。そしてカーポートの隅にあるプラスチックボックスからマジックペンと紙を取り出して日付と星野解体屋と書いて、キキの名刺をみながら電話番号を書いてガムテープでとめていた。用意や手際がいいから、こういう依頼は結構あるのかもしれない。
「確かに受け取りました。あとで儀式をして埋蔵させていただきます」と丁寧に礼をした。そして「家にあがってお姉さん待ちますか? お茶でも出しますよ」といった。
なんだか興味がそそられっぱなしだ。
もう考えるまでもなく「はい、喜んで」といってしまった。
そして、この拝屋雫という人間に取材したかった。根掘り葉掘りと霊能者について訊いてみたかった。だから思わず話していた。
「それと私、実は月空リリって名前で小説家になろうで小説書いているんだ。きっかけは△市UFO事件。あの事件を小説に落とし込んで書いてみたいんだよ。よかったら霊能者として、あの△市UFO事件はどうみたか取材したいんだけど」
正直に話していた。
これは私の自論だが、相手からなにか引き出したいときにはこちらもすべてさらけ出すに限る。そうすると相手もこちらにすべてをさらけ出してくれる。ちょっとでも秘密や嘘があれば相手にはそれとなくわかるものだ。
これが仕事や人間関係だといいように利用されるか引かれるかだから注意が必要だが、これはあくまで趣味のことだ。引かれたとしてもいいじゃないか。だいたい相手は小説執筆が趣味なんてと、バカにするひとでもないだろう。むしろ自身を霊能者といって憚らない人物だ。
私の言葉に雫ちゃんは「是非お願いします」と私の手を取って熱い声で応えてくれた。
そのときはまさか彼女が▽町と呼ばれる異世界への道を塞ぎ、△市UFO事件を起こした多数の霊能者のひとりとは思ってもみなかった。それはいまでもにわかに信じられない。ただ、雫ちゃんとの出会いがすべての足掛かりだった。
霊能者や超能力などの超常の力、異世界などは理性では捉えられない。だが物語のなかではそれは現実となる。詳らかに語れる。現実であの事件は気象現象ということになった。けれど小説のなかで、あの事件は私のみたままの△市UFO事件となるのだ。




